イトウモ

マエストロ:その音楽と愛とのイトウモのレビュー・感想・評価

3.7
白黒の過去編では、舞台の上のシーンがやたら多く、ゲイを観客に実質カミングアウトしたあとのカラーの現代編では家の中のシーンが多い。
共通して顔ではなく、間取りを長々と撮っている。
表舞台に立つ彼は同性愛者の内面を隠していたし、秘密を隠すという心性をなぜかゲイの恋人を家族に引き合わせる矛盾として露呈する。問題は同性愛ではなく、そのだらしなさである。

レナード・バーンスタインというのはいわゆる人間愛にも溢れて、ユーモアがあって、感じの良いエリートで、ユダヤ人としてヨーロッパ文化らしきクラシックを初めて担うようになったアメリカ人らしき引け目もある好人物らしいところ、そういうパブリックイメージの男を家庭がありながら浮気するだらしない同性愛者として描くことに映画が尽力したように思う。作劇としてはダメ男の話でありつつ、その割には演技を見るための長回しが多い。

俳優出身の監督が、音楽を題材に、長回しで演技を長々撮るという点では「TAR」とよく似ている。しかし、脚本と演技の綱引きという点ではこちらはずっと品がいい。ダメな男が精一杯働いているシーンをモノマネギリギリの熱演で引っ張るクーパーにはぎりぎり好感が持てる。監督のくせにいい役で出ずっぱりでよくやるな、と思うが、一方でこんなに演技に頼り切った構成、脚本家や専業監督では舵が取れないだろうと思う。

キャリー・マリガンがとにかく素晴らしい。死に瀕してほとんど無表情になっていく彼女のクロースアップ。ちょっとドライヤーのそれを彷彿とさせる。なにかを表現することなく、見るものの感情や思考を受け入れる顔はスクリーンそのものである

それにしても特殊メイクとCGとグレーディングでほとんどアニメのように飾られた顔がいくつもの年齢を行ったり来たりする映像のなんとグロテスクなことか!!!