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パスト ライブス/再会の教授のレビュー・感想・評価

パスト ライブス/再会(2023年製作の映画)
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本作のテーマとはまったく関係がないことだが、近年言われている「トキシック・マスキュリニティ」という考え方は、社会構造の問題としては重要な課題の一つだとは思いつつ、広く流布され浸透したものについては「言いがかり」なのだなぁと変な確信を得てしまった。

というのも。それで言うと本作におけるヘソン(ユ・テオ)もアーサー(ジョン・マガロ)もトキシックでもあり、未熟でもあり、愚かでもあり、まぁ言うなれば「女々しい」存在である。
一方でその2人の男性に挟まれて微妙にニュアンスで屹立する女性である主人公のノラ(グレタ・リー)の立ち位置こそ恋愛の揺らめきにも流されず、妻としての日常を引き受ける役割も受け入れるという自立した存在である。

その映画終盤に訪れる三者三様の関係性の中で成立する肝は「男は調子に乗らず、自らの弱さを認める」ことであり女性は自らが愛される優越の中で弱い男性性を受け止める、ということに尽きる。
ある意味では向田邦子の「あ、うん」のような歪な、そして盛り上がるロマンスに対して実に現実的な着地を論理的に行うことが本作の最も素晴らしい点。

「恋愛」というものの不条理さに対して、現代はその不条理が人間の感情の不安定さも含めて許容された時代が良くも悪くも終わりを迎えたということがある。
「恋愛」によって許容されてきたことが、現実的に「ジェンダーバランス」によって加害的に機能し、暴力や搾取による構造を生み出し過ぎてしまったことの当然の帰結でもある。
という価値観の変動の中で「ラブストーリー」の存在価値も大きく変わったことを本作で気付かされる。

本作が「ロマンチック」な物語かどうかはわからないが、少なくとも「幻想を抱きがち」な恋愛という出来事に対して「大人である」という現実や、あるいは男性側が固執しがちな「ロマンティシズム」を否定せず、受け止めつつ、その余白を胸に抱えて現実を生きる、ということに着地させきっているのは見事としか言えない。

その余白にはアジア人にとっての「アメリカ」あるいは「ニューヨーク」という場所がロマンティシズムとリアルさを行き来する最上の舞台装置となっている。

また一見よくありがちな「ハグ」という行為の感情表現こと多層性やバリエーションの豊かさなども本作の見どころのひとつ。

というわけで「見え方」が大事な時代に生きるという教訓と、物語の中であっても現代には、その「現代」という社会性や現実を常に意識しなければならない時代の恋愛映画、あるいは人生についての映画として興味深かった。

追記:
ニューヨークを舞台にした日本の凡百のラブストーリーを何度か目にしたことがあるが、技術的な面においても完全に遅れを取っているという無念さも痛感した。
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