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戦火の馬の教授のレビュー・感想・評価

戦火の馬(2011年製作の映画)
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いつの間にやら本当の「巨匠」に登り詰めていたことに気付かされるスピルバーグ監督。
初期作品から順番に追いかけていると、それが確実にわかってくるから面白い。

前作「タンタンの冒険」からはうって変わって非常に「オールド・スクール」な映画回帰と、端正で古典的風格を湛えた文芸作品を映像化するまでの手練手管の応酬がものすごい。

物語上大きな展開が起きるわけでもない日常のショットでも、その画面設計の確かさ、撮影の美しさが目を引く。
いつの間にか「文芸作品」としての風格と、スピルバーグ特有のエンターテイメント的話法が合体した「作家性」を確立している点に凄みがある。
その為、ヤヌス・カミンスキーのカメラワーク、マイケル・カーンの編集、ジョン・ウィリアムズによる音楽と定番の座組による「映画力」の高さしか言葉が出ない。

物語自体にはそこまで面白みは感じないのだが、この面白みという点では地味な作劇を、主人公である馬、ジョーイの運命というのは「バルタザールどこへ行く」や近年の「EO」とも通じるのかもしれないが、そこから浮かび上がる「戦争」の悲劇というのは巧みに感じさせるつくりになっている。
ただ…スピルバーグ本人も「プライベート・ライアンの再現は眼中にない」と意識していたように、物語のウェルメイドさに重点が置かれている為か、戦争の悲劇という部分は弱められていて、陰惨さは感じられないのは微妙なところ。

とはいえ、映像に示される自動車との競走、ドイツ軍のオートバイや戦車との対比。その機械のグロテスクさと比較してジョーイたち「馬」がメタ的に映画的機能を果たしている表現の豊かさを感じさせる。

特に。相棒のトップソーンの死に伴って戦地を疾走する映像的快楽は壮絶。
そこから繰り広げられるイギリス兵とドイツ兵とのやり取りの仄かな暖かみも気が利いている。
そしてラストショットにおける「映画的」と強く印象づけられるジョン・フォード的な画面の過剰な美しさにはとにかく悶絶した。
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