ヨーク

SCRAPPER/スクラッパーのヨークのレビュー・感想・評価

SCRAPPER/スクラッパー(2023年製作の映画)
3.9
確か去年か一昨年くらいに『アフターサン』という映画があって、父親と娘の絆を描いたって感じの作品だったと思う(未見)んだけどそれほど拡大上映されてたわけじゃないにもかかわらずコアな映画ファンのみならず多くの人に絶賛されていた記憶がある。俺は上記したように未見なのだがその理由というのはなんか予告編を見るに、エモさ全開のおそらく作中で死ぬであろう父親に対して大人になった娘が「あの時には気付けなかったけど私すっごいお父さんに愛されてた! そんなお父さんを誇りに思います!」って感じの映画だと思って、そんなん絶対俺が嫌いなやつじゃん! としか思えなかったから精神衛生状態を良好に保つために敢えて避けていたのであった。いやだってそんな感じで(未見だが)父と娘の関係をほら~~! エモいでしょ~~!! ってやってるだけの映画なんて何がいいんだよって思っちゃうからね、俺は。まぁそれだけのお話しといえば直近で俺が激賞した『父を探して』も大枠だけでいうなら似たようなもんかもしれないが、どうせ『アフターサン』には『父を探して』ほどの原初的とも言えるほどの強烈な表現力はないでしょう(返す返すも未見だが…)。
といきなり本作『SCRAPPER/スクラッパー』とは何の関係もない上に未見の映画のディスりから入ってしまって、なんだこの異常者は…こっちは『SCRAPPER/スクラッパー』の感想を読みに来たんだぞ…と思われるかもしれないが、大丈夫です。上記した『アフターサン』へのディスりは『SCRAPPER/スクラッパー』の感想文に繋がります。あと『アフターサン』に関してもダメ押しで書いておくが俺は未見なので全ての悪態はあくまで予告編を見てイメージしたということだけです。実際に見てみたら意外と好きな映画だったりはするかもしれないとは言っておく。
とまぁいい加減『アフターサン』のことはどうでもいいので本題に進むと、この『SCRAPPER/スクラッパー』という作品もあらすじはシングルマザーに育てられていた女の子が母の死後に長らく離れて生活していた父親と共に生きることになるが…という感じの父娘の物語なんですよ。なので俺がイメージする『アフターサン』みたいな映画だったらきついなぁ…と勝手に思いながら劇場へ足を運んだのだが、結果的にはかなり面白い映画だった。多分『アフターサン』とはかなり違うノリの映画だと思う。
いやだってね、本作は映画始まってすぐの冒頭シーンで10歳そこそこくらいの主人公のガキがチャリの窃盗をするシーンから始まるんですよ。いきなりそんな犯罪行為が行われるわけだから、内心(これはイケるぞ…!)となりましたよ。しかもガキのいたずらとかじゃなく営利目的のチャリ窃盗だからな。生業としてのガチの窃盗ですよ。まぁ窃盗にいたずらもガチもないだろうというのはあるが…。そんで盗んだチャリを売る相手も多分地元のアウトローなんだろうけど、脛に傷ありそうで俺よりも腕相撲が強いであろうと思われるいかつい感じのおねーさんで、これはもうエモさで泣かしに来るような映画ではないだろう! と確信してしまいましたね。
実際、全編を通じて親子の絆を過度に演出して泣かせにくるような場面はなかった。描かれるのは基本的にイギリスの労働者階級の中でもさらに下の方に位置しているであろう人たちの日々の生活の描写である。上記したように母を失って地域の福祉課には「叔父さんと暮らしている」と嘘をつきながら一人で生きている10歳くらいの子供の元に母と離婚した元父がやってくるお話なので、常識的な物語の展開ならチャリを盗んで売ってる自分の娘に「そんなことはやめろ」と正しい道を諭すお父さんが描かれそうなもんだが、なんたってこの親父も多分高校すら卒業してないであろう落ちこぼれで10代後半くらいの頃にノリだけで出来ちゃった婚したタイプの野郎だと思われるので、あろうことか実の娘に対して「こうやった方が盗みやすいぞ!」とチャリの窃盗の指南をしたりするのである!
しつこく繰り返すがこれはきっと『アフターサン』とは真逆の映画であろう。そしてそこがとても良い作品だった。一般的な道徳規範を無視しながら生きてるという主人公の二人もそうなんだけど、それはそのまんま父と娘だから特別で美しい絆があるっていうわけじゃないよっていう映画なんだよね、本作は。むしろ親子であっても他人なのだからそんな簡単に分かり合えるわけないだろ、10年以上も離れて暮らしてたんなら尚更さっていうお話なんですよ。
でもだからこそグッとくるということもある。最後まで道徳とか親子の絆が強調されることはなく、親子であっても他人であるということ。そして結婚しようが子供が生まれようが、人生というものの大半はその他人とただ一緒にいるだけなんだということが描かれる映画なんですよ。他人と一緒にいるということは、特に本作の主役二人のように不器用な人には簡単なことではないけど変に父とか娘とか、そういう立場に縛られなければ、むしろそうではない関係性を築くことができた方が上手くいくこともあるんじゃないかと本作は言っているように思えた。そういうドライさがいいですよ。
娘が近所の子を殴っちゃって、それの謝罪に行くときの親父の(俺はどういう立場で謝罪しに行ってるんだろう…)という感じがすげぇいいんだよ。まだ全然父と娘の関係になんてなれてないんだよね。本作ではあくまでも他人同士が、しゃあないからこれから一緒に生きてくか、というところに至るまでの物語で言うならばそれは父娘としての二人にとっては前日譚みたいな部分なんですよ。きっとこの後色々あって二人は誰が見ても親子というような関係になる(上手くいけば)と思うのだが、本作で描かれているのはそのスタートラインに立つまでの部分なのである。それが良い映画でしたよ。父なんだからとか娘なんだからという枠に正面から自分を嵌めていくんじゃない感じがいいんだよね。そう言えば父親は初登場シーンでも家の玄関ではなく裏庭の方から登場していた。それを踏襲したラストシーンの女の子の親友の描写も良かったですね。こういうのは如何にもイギリス的って感じの小気味よいひねくれ方だと思う。
途中で明らかに『パリ、テキサス』のオマージュがあったシーンもニヤッとした。ま、編集の癖というか映像のテンポがちょっとイマイチだなと思うところはあったもののいい映画でした。傑作とか名作とまでは言わないけど好きだね、これは。
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