乙郎さん

夜明けのすべての乙郎さんのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.0
PMSとパニック障害の男女の交流という話を聞いて、およそ思いつく劇的な展開をすべて拝し、かつ面白く作っている。あまり日本の映画を観ている感じがしなかった。『ラビットホール』とか『それでも、愛してる』あたりに近い。
物語のラストである人物が「短い間だけどお世話になりました」と言う時、そんなに短かったっけと思ってしまう。その理由のひとつには、人々の心の機微を映像(境目)で詳細に記述する演出の濃密さがある。階段を背景に佇む藤沢さん(上白石萌音)を境に、両隣に配置される自死遺族の社長(光石研)と山添(松村北斗)といったショットが忘れ難い。それに加えて、発端のみが描かれ解決が描かれない省略法にもよる。女医さんから借りた本を返すシーンはないし、ヨガ教室で対立した女性との和解のシーンもない。ロンドンに行った恋人のその後も。ただ、主人公2人に関しては、最初に家に来たバッグが返されたり、あげた自転車が後で重要なアイテムになったりと、しっかりと顛末が描かれる。なぜか。実はいちばん大きい省略とは、藤沢さんがこの5年間でいかに自分の病気に向き合い、克服とは言えないまでも共存してきたか、というところだ。省略には因数分解的な要素があると考えると、その部分は山添君のエピソードが韻を踏んでいると思われるが、つまりは仕事についても病気についても先輩後輩という間柄でありつつそこに明確な上下はなく、かつ相互に影響し合いながら共依存にも恋愛関係にもならないという絶妙なバランスで関係性は進み、ある種の安定を得たところで物語はテーマが病気であることすら消えて、そして登場人物たちを次のステージへ送り出す。
私個人として、映画を多く観ていた時期というのは、一般的な人はどのように行動するのかの解を映画の中に求めていた時があった。その感覚を久々に思い出させてくれた作品だった。
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