耶馬英彦

碁盤斬りの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

碁盤斬り(2024年製作の映画)
4.0
 主人公柳田格之進は、清廉潔白を信条に生きてきた。柴田兵庫が主張する、水清ければ魚棲まず、袖の下は世の習いと、不正を是認するような考えには首肯できない。だから藩から不正の族(やから)を一掃することで、藩がよくなると信じてやってきた。柴田に讒言されて藩を追われたあとも、その生き方を貫いてきた。
 降って湧いたふたつの事件は、格之進にとってアイデンティティの危機である。ひとつは、藩での自分の行為によって解雇された武士たちの家族が不幸になってしまったこと。ひとつは、自分にかかってきた疑いのせいで娘を窮地に陥らせてしまったことだ。
 格之進はどうやって問題を解決するのだろうか。

 落語の演目になっているくらいだから、話としては面白い。ただ、格之進の人格がブレるのが気になる。それが白石監督の演出なのか、草彅剛の演技なのかは不明だが、草彅は平静なときと激昂したときの2パターンの演技がほとんどで、それが人格がブレているように感じる原因だと思う。大人であれば、そもそも日頃から平静な人は、何があってもそんなに激昂しない。格之進は人格者として設定されていると思うが、ギャアギャア喚き立てる人格者はいない。もっと静かに怒りを滾らせてもよかった。

 いいところもある。格之進は源兵衛に対しては丁寧語で話すのに、梶木左門や武家出身の弥吉に対しては命令口調だ。ブレているのではなく、背景にある武家社会のヒエラルキーと格差社会を反映していると思う。
 加藤正人の脚本には、そこはかとない人間愛がある。「愛のこむらがえり」や「破戒」の脚本もそうだった。少し主人公に甘くて、悲惨な結末よりもハッピーエンドを好む傾向があり、本作品も例外ではない。これは好みの問題で、ハッピーエンドを批判するのは筋が違う。

 それにしても清原果耶はいい女優になったものだ。藤井道人監督の2019年の映画「デイアンドナイト」の大野奈々という女子高生役にとても感銘を受けたのが最初で、同作品では主題歌「気まぐれ雲」も大野奈々名義で歌っていた。とても澄んだ声の心地のいい歌だった。以来、出演した映画はほぼ鑑賞している。
 本作品では、父を信じて尊敬する気丈な娘お絹を好演。凛としていると同時に寛容で、ブレる格之進よりも娘の方が精神的な主柱になっているみたいに感じさせる存在感があった。この人を見るだけでも癒される。それに背筋が伸びる。タイトルのシーンで格之進が見せる寛容は、娘からの影響があったに違いない。

 ラストは、自分の進言によって困窮させてしまった人々を救うための、格之進の門出の様子である。孤独な旅立ちであるところがいい。マイナスをゼロに戻す旅だ。見送りはいらない。
耶馬英彦

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