わたがし

ミッシングのわたがしのレビュー・感想・評価

ミッシング(2024年製作の映画)
5.0
 吉田恵輔の新作は良くないことはなく、面白くないことはなく、絶対に面白いし好きになるし泣いてしまう。それがもう高校時代からずっと続いているので、もはや逆に新作が楽しみじゃないという変な気分になってきている。そんな気持ちで観た。死ぬほど良かった。
 最高の状態から最低の状態へ橋渡しする「missing」のタイトルロゴの地獄みたいな出現から一気に引き込まれるし、(出演尺問わず)出てくるキャラクター全員に生活があって、きっとやるせないことをそれなりに抱えていて、映画という枠内のカテゴライズからはみ出ている。その超日常的な世界観の中でガンガン追い詰められて、非日常な感情を抱え続ける夫婦を見つめる苦しさ。今回はそれだけに留まらず、その夫婦を映画として撮る吉田恵輔、観る観客まで中村倫也のキャラクターを通じて、その撮り方、観方を問う。
 照明部出身で人一倍、照明に拘れるはずなのに技巧的なことは一切せず現実を見たままの画面、それでいてきっちりとレイヤー分けのされたわかりやすい画面。それでいてここぞとばかりに(映画照明の)光がもたらす影でキャラクターの気持ちをちょっとだけ救ったりする。この「現実では何も救われないキャラクターが照明で救われる」というのはとても映画的だなあと思った。
 最近ヒッチコック映画を観ていると本当に画面が恣意性に満ちているけど御伽噺感が強すぎるのが「自分と関係のない話」に思えてしまうなあ、的なことを考えていて、かと言ってラフに回して作り込まないとそれは映画ではなく演劇映像的なものでしかなくなってしまうわけで、どうしたものかなと考えていたんだけど、久しぶりに吉田恵輔の映画を観ると「これだ!」となる。ザッと観ているぶんにはドキュメンタリーにしか観えないけど、観客の潜在意識に訴えかけるレベルでの画面の作り込み。しかもその作り込みはデザイン性だとか映像作家的美意識ではなく「人物関係性のわかりやすさ」の一点。だから観客は「映し出された世界は現実なんだ」と安心し、キャラクターを集中して観察することができる。キャラクター特化でストーリーを描くなら、これ以上ないほど正確で無駄のない作り方だと思う。
 非現実的設定を喰らったキャラクターを現実世界の中で丹念に正確に描くだけで「行方不明の娘を探す母の物語」とか「娘を失って初めていろいろ考える父親」とか「彼女の妹に恋する釣具屋のバイト」とか、そういうフィクションとして超つまらなそうな映画企画もこんなにも面白く、豊かな作品になる。その事実に勇気が出てくる。企画アイデアなんかつまらなくていい。本作を観た後だと「そのつまんなそうな映画企画こそが一番おもしろいんだよ」と言われそうだけど。
 ただ、本当に毎作毎作最高に好きだけど、もうずっとこの目線のスタイルとシステムで吉田監督は映画を今後も作っていくのかなと若干思ってしまった。『銀の匙』みたいなニュアンスの企画をまたやってほしい。もっといろんな吉田恵輔作品をこれから観たい。じゃないとどんどん新作が楽しみじゃなくなってしまう。絶対これからも好きだし観て泣くんだろうけども。
 あとまだ全部読んでないけどパンフレットが尋常じゃない分厚さで、細かいインタビューからワークショップ詳細、ワークショップで選ばれた俳優陣の一覧と各々のコメント、決定稿の脚本等、引くほど充実しててびっくりした。これで1200円はすごすぎる。本当に世のパンフ全部これになればいい。映画本編と同じぐらい感動した。
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