ryo

ぼくたちの哲学教室のryoのレビュー・感想・評価

ぼくたちの哲学教室(2021年製作の映画)
-
与えるのではなく促すこと。統制するのではなく背中を押すこと。壁をつくるのではなく耳を傾けること。感情と速度に任せて裁くのではなく、慮って言葉にすること。映画の主役は、勇猛な戦士でもあったソクラテス、マカリーヴィー校長ではなく、確かに若きプラトンたちだった。

《ベルファスト》(belfast-movie.com)でも描かれた、政治と宗教を背景にした市民同士の暴力的対立から、現在でもベルファストは「平和の壁」という皮肉な名前の付いた壁やフェンスで分断され、麻薬や高い自殺率が、歴史の傷跡に集る蛆虫のように地域を蝕んでいる。

ベルファストで男子小学校の校長を務めるマカリーヴィーは、主要科目として哲学の授業を行い、学校で頻発するトラブルにも、パストラルケアリーダーのジャン=マリー・リールらと、生徒との思索的対話を通じて臨もうとする。批判的思考を養い、暴力から彼らを守るために。

初等教育での哲学導入の試みが映画で描かれた例では、《ちいさな哲学者たち》で描かれた幼稚園での蝋燭を囲んでの対話があったが、より直接的な暴力に取りまかれ、喧嘩っ早い小学生男子を相手にするこちらでは、セルフケア、セルフコントロールとしての哲学教育はより切実なものとして見えた。
「殴られたら必ず殴り返せ」といつも親に言われている、とケンカの理由を話し合う過程である生徒が話し、校長が絶句するくだりは印象的だった。

壁。近年の村上春樹は、こうした壁が他人事ではないことを繰り返し述べている。我々は壁の、断絶の時代を生きている。そう日々痛感することの多いなかで、土曜の朝から、こういう映画で劇場が埋まっているのを見るのは、僅かでも希望の感じられることだった。
ryo

ryo