シミステツ

キリエのうたのシミステツのレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
4.2
キリエは「希」と書いてキリエ。
ルカは、キリエは、みんながつないだ希望だ。

さまざまな人物から時間軸も行ったり来たり切り紡がれていき、3時間にもおよぶ映画とはいえ退屈することなく楽しめた。岩井俊二監督が『PicNic』でCHARAを見出して以来となる女性ボーカリストの抜擢、というのは胸が熱くなったし、アイナ・ジ・エンドの歌声に序盤は心震えたし鳥肌が立った。
キリエという人物がイッコから、夏彦から、フミから丁寧に描かれていて、その人生の裏側に迫る…。キリエはきっと生きているし、ルカの存在が、歌声がきっとその希望なのだと思うとグッとくるものがあった。時間軸を巻き戻して、また現代に戻してとどんどん切り替わっていくのに、混乱せずにすっきり観られるのはさすがの編集力の高さだと思う。

キリエの妊娠が発覚してから夏彦の抱える葛藤がとてもリアルだった。「本当に産んでいいの?」から返答するまでの間であったり、キリエの醸し出す思春期の甘ったるさがとてもリアルで、津波がやって来ているのに「フィアンセって言っていい?」みたいなことだったり、きっとそんな部分にもうんざりもしながら、受験という自身の未来のかかる局面で、親の期待と別軸の自身の未来に関わる出来事が眼前にやって来てしまったことによる苛立ちや逃げ出したいという気持ちがあって、なんならもう会わずにいたいとか、死んでしまえくらいに思っていたかもしれないけど、地震や津波という災害が起きて、それが生きる願いに確実に変わって…だからこそ夏彦の中にはキリエに対する後ろめたさや懺悔の気持ちがずっと残っていて、やっと会えたルカはまさにキリエと同じ見た目をしていて、ルカの存在が希望でしかなかったんだろうと思う。

気になった点としては、地震の描写。電話ってつながるっけ、という点と、津波が来るまでそこまで悠長な時間ってあるんだっけという点。作品ごとに社会問題をテーマにも上げる岩井監督が今回災害というリアリティに踏み込む上で、架空と現実のはざまの絶妙な塩梅が気になってしまった。

序盤にめくるめく変わるイッコの姿は観ていてやってくれるな、と拍手していたし、イッコのスナック家系、つまり男に頼り生きているような生い立ちから逃げ出したいと思いながら、はからずも結婚詐欺に手を染め転々とする日々を送っている、というところが哀しい運命を感じる。だからこそ、自らの歌声という才能で、存在で強く生きているんだと示すキリエ(ルカ)の姿に共鳴してマネージャーをやると言ったのだろうという背景などもとてもしみじみ思えた。 

フミがルカを気にかけて匿ったのも、きっと自身が小学校で音楽の教師をやっているけど、自らの才能に見切りをつけて生きざるを得なかった過去があったんだろうと思う。だからこそルカの歌声に惹きつけられて、気が気でなく、他人事に思えなかったんじゃないかなと思った。

人生にはいろんな局面がある。受験などの進路、付きまとう親の期待、いつになっても忘れ難い恋愛、妊娠や結婚、どんな自分でいたいか、いるか、いるしかないのか、そして不意に訪れる災害など。それぞれに行方を左右する出来事はたくさんあるけれど、キリエのような存在が、歌声が、人々を強くし、希望を与えてくれる。そう思わせてくれる映画でした。

以下マイナスポイント。
鑑賞前から気になっていた点としては、主題歌のAメロがくるりの『Remember me』と酷似している。ほぼまんまと言ってもいい。くるりが楽曲に携わっているのか、と思って検索したほど。ここは下手なノイズになってしまった。

二点目は作品のテーマに合わせてか、ミュージシャンの起用が多かった点。枠にはまらないみたいなところも本作品として大事だとは思ったが、七尾旅人が出ているくらいまではすんなり受け入れられたけど、石井竜也、大塚愛、ロバートキャンベル、粗品、武尊ときたので、うーんと思ってしまった。役者が悪いとかでは全くなく、色がついてしまっている方々なので、あ、大塚愛だ!とかが物語の中でノイズになってしまうのが残念だった。キャスティングにプロデューサーや宣伝会社が絡んでいるんでしょうか。せっかくの世界観なのに現実(我々の生きる世界)側に足を踏み込みすぎてしまった感が否めなかった。

三点目は録音。きれいな音を作るというよりも物語の中における生っぽさを大事にしていると思うので、そうした意図と相まって多少高音がキーンと耳障りが悪い感じが気になった。もちろん歌声は最高にいい。でもところどころ音のバランス作るのが上手くいっていない感じが散見された。