CHEBUNBUN

PERFECT DAYSのCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.0
【社会との境界線のゆらめき】
動画版▼
https://m.youtube.com/watch?v=JvCtc3TW1N4&t=5s

第76回カンヌ国際映画祭で役所広司が男優賞を撮った渋谷トイレ映画こと『PERFECT DAYS』が日本公開された。本作は「誰もが快適に使用できる公共トイレ」をコンセプトに安藤忠雄や隈研吾などといったクリエーターが渋谷に個性的なトイレを作るTHE TOKYO TOILETプロジェクトのひとつとして作られた映画で、「ユニクロ」の柳井正代表取締役会長兼社長の次男こと柳井康治取締役がプロデュースしている異色作だ。しかし、トイレの清掃員の物語として近代的なトイレを扱うのはどうだろうか?リアリティがないのでは?そんな嫌な予感を抱えながら映画館へと足を運んだ。それは杞憂であった。なんたって監督はヴィム・ヴェンダース。日本を愛し『夢の涯てまでも』では東京をサイバーパンクシティに魅せるのではなく、等身大のパチンコ屋を投影させた彼だけあって、奇妙な製作背景に飲まれることなく美しい傑作を生み出すことに成功していた。

朝起きる、布団を畳む、缶コーヒーを買って車に乗る。そしてトイレを清掃する。仕事終わりの束の間を銭湯や飲み屋で過ごす。役所広司演じる寡黙な男の日常を捉えていく。彼はまるでトイレの神様のようだ。街ゆく人々の多くは彼のことなど認知していない。緊急でトイレに駆け込む人や悲しみに暮れる人のみが認知できる存在として彼は映る。社会からこぼれ落ちてしまった男が時折、清掃を通じて社会とつながる瞬間をヴィム・ヴェンダースは捉えていく。たとえば、トイレの隙間に差し込まれた紙。そこには格子と○が描かれている。捨てようかと迷う刹那、彼は×をつけて戻す。別の日に、訪れるとその続きが描かれており、最後まで遊ぶと感謝の言葉が刻まれる。どこの誰かは分からない。だが、誰かの孤独を救う。その尊さをカメラは捉えていく。交わることのないような世界の交わりがそこにはあるのだ。

ヴィム・ヴェンダースは、東京の中で世界と世界の境界線を見つけた。東京人ですら意外と知らない境界線、その使い方に惹き込まれる。場所は浅草だ。銀座線の地下は綺麗に整備された領域と雑然とした領域に分けられている。この雑然とした領域は中野や上野、新宿とは趣きが異なる。寂れているような活気があるような独特な空気感が流れており、昭和の残像がゆらめくような場なのである。そこに役所広司を配置し、綺麗な浅草駅へと眼差しを向けさせる。その瞳から漂う哀愁には、妻とはもう交わることのできない切なさ、しかし写真や園芸、読書と微かな幸福でもって"PERFECT DAYS"がもたらされる。寂しくもあるが満たされているアンニュイな感覚を空間に担わせているのである。

本作はさらにいくつか面白い場面がある。そのひとつにTHE TOKYO TOILET プロジェクトのコンセプトが「誰もが快適に使用できる公共トイレ」なのに、マジックミラー型トイレの使い方が分からない外国人が登場する場面がある。建設当時から批判の声が高かったトイレ、明らかに使いにくいのだが、ヴィム・ヴェンダースもそう思っていたところがツボだった。と同時に、この描写があったことで一気に映画に対する信頼感が強まった。また、小津安二郎の大ファンである彼は『風の中の牝雞』のような家の中で役所広司を捉えているのも面白い。彼が階段落ちするのではないかと映画を観ている人にとってはヒヤリとするスパイスが利いた構図といえよう。
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