荒野の狼

PERFECT DAYSの荒野の狼のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0
2023年制作の役所広司主演の映画。映画の最初の半分ほどに時間を役所が、ほとんど便所掃除するだけで魅せてしまう映画。ここにストーリー展開はなく、他の登場人物もほとんど登場せず、トイレの清掃員である役所の淡々とした日々の生活のルーチンが描かれるが、そこに観客を引き込んでしまう役所の演技力は深い。映画のパンフレットを読むと、脚本は練りこまれたものではなく、撮影も、ほとんどいきなり本番に入っていくような形で、映画に込められるメッセージは作品を作りながら短い撮影日で出来上がっていった。セリフが極めて少ない役所の動きや表情の演技から、観客が自由にメッセージを映画から汲み取っていける映画。
役所演じる「平山」の日々の生活は、清貧であり、多くの日本人の標準生活レベルからすると貧しく現代的ではない(中高年の古い木造家屋での一人暮らし、共同浴場の使用、同じ居酒屋での夕食、コインランドリー、TVがなく、カーステレオはカセットテープなど)。しかし、大きな変化のないルーチンの繰り返しという点では、多く人が「平山」と同じように、淡々と日々の生活を送っているという点では同じ。しかし、「平山」は、第三者が助けを必要とする時には、それがルーチンを乱す結果であっても厭わず、小さな人助けを自然に行っていく。
本作を海外では「禅」的であるとしていたり、また「今度は今度、今は今」というセリフなどから、一瞬の大切さがメッセージであるとするものがある。こうしたとらえ方の場合は、禅や上座部仏教(テーラワーダ仏教)的なものといえる。一方、一つの行為(トイレ掃除)をひたすら自分の為ではなく、利他(人のため)、または神のためにするというスタンスから見れば、この行為は「カーマ・ヨガ」であり、「梵我一如」の境地に近い精神の高みにあるというヒンズー教的な見方もできる。あるいは、老荘思想の立場から(「列子」など)、そうしたものを超越して、道を体得した人は、木偶(でく)の坊(欺魄、泥人形)のように一見見えるとすれば、本作の「平山」はまさに自然体であり、デクノボウのように一見みえる。平山のトイレ清掃員=(宮澤賢治の言う)デクノボウというとらえ方をすれば、この映画の平山は、賢治の「雨にもマケズ」に描かれた人物像に似ている。
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