荒野の狼

しろばんばの荒野の狼のレビュー・感想・評価

しろばんば(1962年製作の映画)
5.0
「しろばんば」は1962年の102分の白黒映画。井上靖の自伝的小説の映画化。私は井上の生まれ育った伊豆に旅行した際に、道の駅「天城越え」にある伊豆近代文学博物館に立ち寄ったが、映画でも主人公と祖母(演、北林谷栄)の生活の場として描かれている「土蔵」が再現されており、また井上靖旧邸が移築されている。

井上靖旧邸は、明示23年に曾祖父の井上潔が建築し、養女とした「かの」と暮らした。「かの」は、本作の事実上の主役といってよい北林が演じた役のモデル。潔が10年後に死亡した後は、家を貸借し、「かの」は土蔵造りの倉の2階に死亡する大正9年まで移り住んだもので、昭和58年に現在の地に移築されている。井上靖旧邸は1階が公開されているが、映画では、土蔵と本家の家が登場するが、井上靖旧邸は登場しない。

本作でもっとも強い印象を残すのは北林で、曾祖父の妾という弱い立場にも関わらず、強い主張と信念で主人公を育てあげる。注意してみると、本家に出向いても、座敷にあがることがないなど、日陰の立場がよく描かれている。主演の井上自身をモデルとし小学3年生の伊上洪作(演、島村徹)も好演で、いつも走っている姿が印象で、逆境にあっても走る続ける生きる姿勢の表れといえる。主人公の叔母は芦川いづみが演じており、優しく美しい芦川は主人公の憧れの対象としてふさわしい。

本作で理解しにくいのが、主人公の実母である伊上七重(演、渡辺美佐子)で、遠方に住んでおり、久々に会うときも主人公には厳しく、心情は理解しかねる。これは、実際、井上靖自身が、母の心情がわからなかったためで、この謎解きといえる小説を後年、井上は執筆している。それを映画化したのが2012年の「わが母の記」。同作では、育ての親の祖母については、何度も会話の中では登場するのだが、詳細な説明がない。「わが母の記」の深い理解には、本作の視聴がおすすめ。

また、逆に、本作では関係が希薄であった母子が、母の最晩年にどうなっていくか、母が実際はどのように息子を見ていたのかがわかる作品が映画「わが母の記」であり、本作の視聴者には是非勧めたい作品。
荒野の狼

荒野の狼