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PERFECT DAYSのinのネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

清貧…というには役所広司が力強い。朝、目覚めて数秒ですごい速度で動き始める男に気圧される……所作がどれも力強い……ドカドカ、ガシガシという濁音擬音で聞こえてくるので怯む。

そんな、今に集中して黙々と真っ直ぐに正しく過ごす彼は、何かを強い意志で押し込めているように見えて、まだ心の底からこの暮らしを受け入れていない、満足しきっていないような気がした。宣伝のスチールなどからは「穏やかに静謐な暮らしを送る男」というイメージを抱いていたので、あれ、なんかおもてたんと違うな……と思ったのだった。と同時に彼は世界や生活の美しさを知っており、それらを日々愛し楽しむ姿が映し出され、険しさと慈しみの表情がが行き交うこの初老の男、まだ過渡期の人のよう。

カメラ屋との無言のやりとり、小粋……。古書店では買う本を片手で読みながら百円を支払い慣れた店主の軽口をもらう、小気味いい……。

フィルムカメラを趣味にして、失敗作を容赦なく破り捨てるところに「こいつ、昔は裕福だったな」と思う。1500円だかかけて現像したものをな、普通そんな思いきりよく破棄できないんですよ。必要なものを選びとる覚悟が決まっている言えば格好良いが、平山、全体的に豊かさが背後に見える。美しいやり方を知っている人の暮らしです。玄関の鍵や小銭を置いてさっさっととって出かけるスマートさとか。本と音楽を愛する文化系インテリなところとか。ミラーを使って便器の背面を繊細にチェックする様などスーツについた埃をブラシで丁寧にとる神経質でスノッブな紳士の雰囲気ないですかね。そんなうっすらとした予想を超えて、彼はとんでもないお金持ちのおぼっちゃんだった。

先に見た知人に「おじさん向け」と聞いたとおり、おじさんにうれしいドリームエピソードがたくさん差し込まれており、見ていて恥ずかしさで悶える……「若い女が突然ほっぺたにキス」というご褒美シーンはだいぶダサいと思っているのでキスが挨拶ではない国ではそろそろ滅してほしい(壁ドンのようなサービスシーンだと自覚して差し込むならいいよ)
あとファンタジー姪 やめてこんな都合の良い理想の姪 おじさんの懐古趣味を好み、肯定し、受け継いで、さらに知り合いに羨ましがられる可愛い姪…… この手のいてくれると主人公が嬉しい異性はラノベアニメなりティーン女子向け恋愛ものなりを見る時なら心構え出来てるから大丈夫だけどカンヌブランドに惹かれて見に来てる映画でこんなの放り込まれると恥ずかしさで天を仰いでしまう……見た目で高校くらいかと思ったら発話内容が小学生のようでこの子何歳?????ともなる

ふわふわファンタジーを感じていたところに三浦女将元旦那が登場し、役所平山と感傷的&詩的な応酬がある。よく知らぬ者同士、一時の邂逅、たぶんもう会わず、三浦は死ぬ。大きな紳士が児戯で遊ぶ。子供は金も何もなくても楽しく遊んで過ごせるものですが影を踏もうが命は縫い止められません。
この二人のリリカルなシーンは沁みた。ので、姪っ子さんのシーンが見てられない…となったのは単に役者の力量なのかもしれない。あの浮世離れした台詞を説得力もって打ち込むのはたいへんそうです。

三浦氏が訥々と、「一言謝りたくて 特になにかあったわけじゃないんですが 謝るというんじゃないな お礼をいいたくて お礼もちがうな ただ会いたかった(※細かい言い回し忘れた)」というところと、平山が影が重なれば濃くならなきゃおかしいと言い張るのに「力説しますね」と返すところ好きだ

なおここのくだりを経て女将とのロマンスの可能性をそっとご用意されるわけですが、これを「素敵だね/よかったね」と思えず、主人公に都合がいい展開だな(美女とラブがご用意されるというサービスだな)と思ってしまったのは、ここまでの盛りだくさん異性サービスのせいだよ 総数を減らしてくれたほうが、大事な一つが輝くんだよ……しぼれ

ほっぺキスも姪も恋フラグもdisってしまったが、これだけ美しく暮らしている男にはこれくらいのご褒美があってくれていいだろうという気持ちもあるはある。が、私はご褒美なぞなくても報われなくても美しくある人間、というのが好きなので、これらがノイズになってしまった 報われなくても正しく生きよ、見返りを期待するな(平山のせっかくの美しさを毀損している脚本に対しての不満です)でも映画をエンタメとしてみてる観客に快を与えるには必要なんですかね……でもやりすぎちゃうかね……

木漏れ日のように心の光と影はちらちらとうつろって美しさに顔ほころぶ日もあり憤る日もあり毎日時々刻々変わり続けて同じ瞬間は二度とないので大切に生きましょう

そういえば、もうひとつ好きなところ、タカシの軽薄で胡散臭いところを描いたのちに知恵の遅れた友人と実に自然に交流しているところ。そうして、また軽薄に消えてしまうところ。フラットでとてもいい。彼が一番今を生きているな。

映画観賞後に公式サイトを見に行ったら、彼の心情は私の見たものより穏やかなようにかいてあった。しかし修行ということばがあった。清掃は修行のようだと。修行中なら、やはりなにかを耐え忍んでいるんだな。まだ悟りには距離がある。まだ心が資本主義やら煩悩やらにからめとられた男なんだろうか。
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