篠村友輝哉

落下の解剖学の篠村友輝哉のレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.5
小説や映画といった、現実ではない虚構の世界=物語を生み出し、享受することは、人間の尊い営みのひとつだが、その能力のために、私たちはいつも、真相や真実を知り得ないあらゆる物事を、自分にとって最も都合よく納得のいく筋書きに落とし込んで、すべてを理解したような気になってしまう。
主人公の女性にかかった疑惑をめぐって映画が進んでいくなかで、私たちが意識的にせよ無意識的にせよ行ってしまう「物語化」の危うさについて考えざるを得なかった。さまざまな立場からの見解のいずれも、各人が生み出した「物語」のひとつでしかない。
彼女がまさしく虚構を真実らしく見せ、現実を虚構化するプロフェッショナルの作家であるということは、確かに彼女の言動のすべてに疑いを抱かせる。しかし同時に、立場的に「強者」にあったと思われる彼女の言葉は、それがどれほど切なるものや事実であったのだとしても、「弱者」にあったと思われる夫のそれと同等には受け取られにくいのが現代であり、また「強い女性」に対する歪んだ視線が、彼女が潔白であることを見えにくくさせているようにも思えてくる。
サンドラは現実においても作者として自らの思い通りの筋書きを打ち立てたのか、逆に検事や弁護士、証人や大衆の作ろうとした筋書きに翻弄され傷ついたのか。どちらの見方をとっても、この映画においてはそれは「観る者にとっての」物語でしかないのが恐ろしいが、最後に息子がある決断を下したように、私たちは知り得ないことにたいしては、わからなさを抱えたままいずれかの筋書きに無理にでも乗らなければ、前に進めないのだろうか。
篠村友輝哉

篠村友輝哉