このレビューはネタバレを含みます
小説家サンドラは、彼女の夫を殺したのか否か。
過去と現代を行きつ戻りつ、サンドラと夫、サミュエルとの本当の関係が明かされていく。
最終的に浮かび上がるのは、自らのエゴと息子への愛情に引き裂かれてしまったサミュエルと、残酷なサンドラの本性。
裁判で明かされる、事件前日の夫婦喧嘩。ここが映画のクライマックス。緊迫感がヤバい。
理屈としては、サンドラの言い分はもっともだ。観ていて、自分を憐れんでばかりのサミュエルに原因があるように、最初は思えた。しかし、感情のテンションが上がっていくにつれ、サンドラの残酷さが顔を見せる。そして、決定的な言葉をサミュエルに投げつける。
サンドラがサミュエルを手にかけたかどうかは、問題ではない。この時点でサミュエルの心は死んじゃったんだと思う。
さらに裁判の過程で、サンドラは自分の潔白を証明するためとはいえ、再三、サミュエルの心の弱さを強調し、社会的にも彼を殺す。
最終盤、視力を失った息子、ダニエルの記憶のなかのサミュエルとの会話をたどる。ここで感じるのは、サミュエルの息子への無償の愛。サミュエルが単に「心が弱い人」だったわけではなく、慈愛に満ちた繊細な人物だったことがわかるシーンだ。
ダニエルがこの日のことを覚えてくれているだけでも、少しサミュエルも救われる。
一方のサンドラは、裁判で勝ったものの、夫との記憶は世間に蹂躙され、「不道徳で不誠実」という汚名を背負って生きなければならない。
一番の悲劇は、ダニエルも、父を死に追いやったサンドラを赦せないのではないかということ。サンドラが心のどこかで、ダニエルが視力を失うきっかけとなったサミュエルを恨んでいたように。
母が父にひどい言葉を投げかける音声を、彼は法廷で聴いてしまった。つまり、母が父を「殺した」ことを知っているのだ。
サンドラ、サミュエル、そしてダニエル。この家族は三者三様の孤独を抱えて生きてきた。つながっているようでつながってない家族の真実。それが顕になる過程をみごとに描ききったトリエ監督。オスカーあるかも。