デニロ

落下の解剖学のデニロのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

冒頭で女子学生のインタヴューを受けている作家サンドラ。かなりのハイテンションで逆インタヴューしている。サンドラは手にしているワインを女子学生にも勧めながら、インタヴューする人のことを知りたいわ云々と言い募って煙に巻いている。ワインの酔いなのかいい調子で、じゃ次はあなたが質問する番よ、なんて言っている。何を聞きたくてこんなところまで来たのよ。

ここはグルノーブルの山荘。同業の夫が望んだから引っ越して来た云々の説明をしている。夫は上の部屋で仕事をしているらしい。そんなことがこのインタヴューの場面で説明されている。そうこうするうちに大音量で音楽が流されて、今日はインタヴューをできそうもないわね、またいらっしゃい、サンドラはそう言って学生を帰す。この時の爆音は、50 Cent の「 P.I.M.P.」という楽曲が元歌だということで元歌の歌詞を調べてみたら、女衒、ぽん引き、すけこましの歌だった。

で、その楽曲をかけていた夫/サミュエルがその山荘の2階部分から落下して、雪の上で頭から血を流している姿を、散歩から帰って来た10歳の息子/ダニエルとボーダーコリーが見つける。

事故か、自殺か、はたまた殺人か、という風なミステリー仕立ての幕開け。家にいたのはハイテンションだったサンドラひとり。頭から流れ出ている血は強い力で殴られたものだとか、何らかの理由で転落した際に物置小屋にぶつかってできたものだとか、判然としない。サンドラは弁護士に相談するのだけれど、その弁護士は旧知の間柄のようで、君とこんな形で再会するとは思わなかった、なんて言ってます。そして、1年後、サンドラは殺人の容疑で起訴される。で、裁判が始まって、裁判劇になるのかな、と思って観ていると。

裁判では、サンドラ、サミュエルの夫婦間のあれやこれやとか、サンドラの性的指向とかが暴かれたり、隠しておこうと思っていたことが実は録音されていて公判で証拠に取り上げられたりして、後出しじゃんけんも極まる作劇は卑怯と言わざるを得ない。

法廷で性的指向を暴かれて、冒頭の女子学生に対する雰囲気作りも、なるほどそういうことかと分かるつくりになっていて、その際の爆音音楽も夫が妻の性癖を当てこすったものだということがなんとなく分かってくる。

息子のダニエルが視覚不自由者であるということも観ていて気付かなかったんだけど、ダニエルの視覚不自由の理由は、サミュエルが学校に迎えに行くはずのところを他人に任せた際に起こってしまった交通事故に依るもので、サミュエルは自責の念に駆られている。サンドラとの関係もその事故から歪なものになっている。

更に、サミュエルの書いたプロットを使ってサンドラが執筆した小説が売れ、夫婦の間の平衡が失われる。サミュエル曰く、君は僕のアイデアを盗んだ、ダニエルの学校の送迎も、家事も山荘のリフォームも全部僕がやっている、君に合わせていると自分の時間を作って創作ができないんだ。わたしだってやってるじゃない、とサンドラは言い返し、自分の時間が欲しければリフォームなんて後回しにすりゃいいじゃない、とどこかで身に覚えのある方も多いのではないかと思われる罵詈雑言が飛び交い、揚げ句は、浮気までしやがって、とサミュエルの最後っ屁に、それとこれと何の関係があるのよ、とサンドラもブチ切れる。したくてしたくてたまらないときに満足しちゃいけないの!物が飛び交い掴み合いが始まる。そんなこんなが法廷で暴かれているのです。サンドラはカッとしやすいのでしょうか。陪審員、裁判官、わたしの心証は良くありません。

漫画家の萩尾望都が、下積み時代の頃、同業の竹宮惠子から共同生活を提案された際、面倒をみてくれていた編集者に相談したら、やめとけやめとけ、作家が同居してうまく言ったためしなんかねえ、とにべもなく言われたそうで、実際同居してしまって、数年後にロクでもないことに巻き込まれた顛末を「一度きりの大泉の話」に書いている。作家の同居でそれを思い出してしまった。

その後、息子のダニエルがボーダーコリーに非道な実験をするに及んで、わたしがブチ切れるのですが、その実験を経てダニエルは父の自殺をほのめかしたりもします。それが自分にとっての真実ということなのでしょうが、わたしはこの告白の真実というものを信用致しません。だって彼は、何が真実だか分からないって言って悩んでいるんですもの。

裁判は結審し、サンドラは無罪。んな、バカなことがあるはずございません。サンドラは祝勝パーティで大はしゃぎ。訳ありの弁護士も、サンドラにいつもこうなのと聞かれると、勝ったのは今日が初めてだ、などと軽口を飛ばす。擬制の真実を語ったダニエルは、サンドラの帰宅に、ママが帰ってくるのが怖かったと言い、サンドラも、家に帰ってくるのが怖かったと応える。

さて。
デニロ

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