(2024.49)[8]
フランスの人里離れた山小屋で、ベストセラー作家のサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)の夫サミュエルが上階から転落死する。現場に居合わせることが出来たサンドラは殺人容疑で逮捕されるが、夫は自殺であると主張する。唯一の手掛かりは、死体の第一発見者である視覚障害を持つ息子ダニエルの証言だけだった……というお話。
夫の自殺を主張するサンドラと弁護士のヴィンセント(スワン・アルロー)、殺人事件として捜査を進める検察、そしてまだ幼い息子の三つの視点から一つの事件を追う『羅生門』的ミステリー……と見せかけて、事件の真相はそこまで深く追及されないのが印象的。
今作で深掘りするのは死の結果というより過程の方で、何故サミュエルは死ぬことになったのか?というところを観客に問いかけてくるような作りになっている。自分の中では結論は出ているけど、それも得られた情報から推論した主観的な考えに過ぎないわけで、必ずしも正しいと断言は出来ないのが面白いなと思った。目の見えないダニエルの存在は観客のメタファーのようになっていて、その場にいながらして状況を把握するには他人の言葉を信じるしかないというのはまさに我々と同じ立場と言える。
更に、普通のミステリーだったら事件が解決してめでたしめでたしになるところを、今作ではその先、物語という皮を一枚めくった先の登場人物のこれからを示唆するような形になっているのが興味深い。何か自分の身に大きな事件が起きたとして、それが例え法的な手続きをもって“終わった”としても、変わらず人生は続くのだという視点は個人的になかなか新鮮だった。表層的な謎解きに終わらず、それが及ぼす影響についてまで語った今作はまさに“解剖学”というタイトルに相応しい作品だと思った。物語とかキャラクター造形、撮影とか何か特筆して優れているというわけではないが、作品としての姿勢や価値観が好きになタイプで、何とも言語化しにくい良さがある。