直接的には虐殺を描かず、ぼんやりとした音で「わかる人にはわかる」演出にして前面では戦争中とは思えない「丁寧な生活」が展開されるグロテスクさにゾッとしました。
何より、中で何が行われているか「知らない」からではなく「知ってる」のに、ユダヤ人たちが生命と共にここまで運んできた財産を強奪して優雅な生活を送れるという無関心さは、翻ってそれはテレビやインターネットで触れられなければ世界で今も起こっている虐殺や飢餓を「なかったこと」にして日常を送っているわたしにも当てはまることなので、身につまされました。
ただ、映像や音では表現できない無視できないものの一つが匂いで、作中と同じくらいの近くに住んでたら絶えず焼却炉からの匂いで、とても食事を楽しめるものではなかったと思う。
小中学生らしいお子さん2人を連れた保護者の方が隣で鑑賞してたのですが、中学生ぽい男の子のほうはすぐ飽きてしまって寝落ちしてたのですけど、ホロコーストで何が行われてたか知らなかったら劇的なことが起こるわけでもない画面を長時間は見てられないですよね…とも思いました。
ゾンダーコマンダーの一人称視点でもあるやサウルの息子」とか観てたら川に流れてきた灰が何なのかすぐわかるだろうけど、初めてだと特に面白みはない映画に見えるだろうな…淡々とした日常であることが重要なんですけど。
でもそういうふうに直接表現しなくても、ホロコーストの恐ろしさが伝わるくらいには、ホロコーストを描いたり映画作品は無数にあるんですよね。
それこそ映画制作や興行における関心領域がそこにあるから。
監督がアカデミー賞の会場で、ホロコーストとガザを並べて「人間性が失われるとき」というスピーチをしたのは、作品を見たら当然の問題意識だと思いました。
ところで、何度か挟まれたサーモグラフィーを使った演出はわたしにはよくわかりませんでした。
最初は誰かの夢とか、比喩表現なのかと思ったけど、リンゴを置いていたのも現実に起こってる抵抗運動の一つだったのでしょうか。
わかりやすい映画ではないですが、描かれたものはもちろん、描かれていないものは何かを考えずにはいられない作品でした。