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ルナ・パパ 4Kレストア版のnetfilmsのレビュー・感想・評価

ルナ・パパ 4Kレストア版(1999年製作の映画)
4.1
 旧ソ連領のキルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの国境が微妙に交わる国境地帯が舞台の映画は、女優を夢見るマムラカット(チュルパン・ハマートヴァ)が知的障害の兄ナスレディン(モーリッツ・ブライプトロイ)と、心底豪快な父親(アト・ムハメドシャノフ)に育てられる。日本においても戦後闇市はおそらくこんな環境だったのではないかと思わされるほど、エネルギッシュな市井の人々の行動に終始魅了される。民族衣装の色鮮やかな色彩や赤い自動車や黄色の戦車などカラフルな色彩が映画を彩る。かと思えば馬が平原を一目散に駆け抜ける。ここでもバフティヤル・フドイナザーロフの動く何かへの尋常ならざる眼差しが物語をエネルギッシュに駆動させる。親子3人、ここで仲睦まじく暮らす多幸感に満ちた生活では、ブルジョワジーの家柄のマムラカットへの求愛すらも父親は簡単に足蹴にする。17歳の娘の未来はあらゆる希望に溢れていて、不安な要素は1つもない。父の唯一の不安は知的障害を持つ息子の存在だけなのだが、心配の種がもう1つ増えるまさかの事態に見舞われるのだ。

 マムラカットの妊娠の場面は真に驚愕の幻想譚に他ならない。崖を滑り落ちる最中に彼女の身に起きる出来事を視覚的に限界を超えるようなショットの魔術的な魔力は正にバフティヤル・フドイナザーロフの真骨頂だろう。ナレーションを担当するのはその時点で生を受けてはいないマムラカットの息子であり、その時点である程度、結末が予期出来るのは難点だが、めくるめくサーカスの見世物小屋のようなカラフルな色彩の上を鮮やかに飛ぶような空間処理能力がやはり今作も世界中の作家の中でひときわ抜きん出ている。中盤から種付けした夫探しの旅となり、家族3人の奇妙なロード・ムーヴィーとなるわけだが女優の道を早々に諦め、母親になると誓いを立てたマムラカットにとっては父親探しの旅などほとんど意味を為さない。悲劇的な物語を悲劇的な題材として扱わず、ひたすらコメディとしてのトーンを貫くフドイナザーロフの手腕にひたすら打ちひしがれる。終盤のあっと驚く物体の落下シーンには流石にたまげたが、人の命ほど呆気ないものはない。正直言ってマムラカットの脱胎シーンの決して笑えない場面にいきなり登場する心底笑えるユーモア(ヒロインの姿勢と表情!!)は反骨の人だったフドイナザーロフのユーモアが滲む名場面に他ならない。『コシュ・バ・コシュ/恋はロープウェイに乗って』も成熟した映画と言えたが、今作の飛躍にフドイナザーロフの並外れた才気を想う。
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