しょうた

愛にイナズマのしょうたのレビュー・感想・評価

愛にイナズマ(2023年製作の映画)
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とにかく面白かった。グッと来た。とにかく石井裕也だから見逃せない。出演者以外は予備知識ゼロで観たので展開を楽しめた。
「赤」をキーワードならぬキーカラーとして展開していく。ワンカットワンカットが愉しい。前半は映画界の裏事情的で、ちょっとテレビの「エルピス」を思わせた。後半は90年代のセルフドキュメンタリー(「あひるの子」とか)風の家族物語。
観ていくうちに折村花子=松岡茉優がどんどん好きになっていく。舘正夫=窪田正孝が繰り返す「好きです」が素直に伝わってくる。
雨の中の二人のやりとり。「本音を言いなさい!」あんな風に人と正面からぶつかれたことが人生でどれだけあるだろうか。
コロナ禍での閉塞感は前作「茜色に染まる」に通ずる。アベノマスクも取り入れ時代の刻印のような映画に。マスクに滲む血の赤は日の丸を思わせ、この国の危うさをも滲ませる。高校生らしき自粛警察の姿、歪んだ正義。正夫の無力な抵抗が泣ける。

歪んだ正義という点で、前後して公開された石井の「月」にも通じるが、全体としては「月」と背中合わせ、ポジ/ネガの関係にある作品だと思う。
後半の兄弟たちの示す「まっとうな正義」は歪んだ正義に対置されているだろう。
そして、人間に優劣をつけ人間存在を貶める思想(今の社会に生きる者が無縁ではない)に対し、存在していること、生きていることを無条件で肯定する終盤のハグのシーン(作者も照れたように可笑しみをもって描かれるから余計に)、不覚にも涙なしには観られなかった。「コーダ」のラストの家族のハグがかぶる。
そして、人はふいにいなくなってしまう存在でもある。中盤、気づくと軒下でふいに首を吊っていた落合=仲野太賀。石井はさまざまな形でこのことを描いて来なかったか。「月」のパンフレットによると、石井は子どもの時に母親を失くしているとのことだった。劇中の映画「消えた女」も重なる。
ぼく自身、このシーンを見ながら大学時代に同じようにしてふいに消えてしまったSのことを思い出してもいた。
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