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森は生きている
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『森は生きている』に投稿された感想・評価

砂村
3.0
同名の本を読んだことがあるので図書館で借りた。
歌うように台詞を言うんだなって。
yuka
3.3
まさかのレビュー1人目!
ちょっと感動😂笑

指輪のおまじないが長すぎてうちだったら絶対覚えられん😇
転がれ転がれ指輪よ。春の門を通り抜け、夏の窓辺へ。秋の扉を開けて、冬の絨毯の上を。新しい年の焚き火をさして。
らしい。

なんかまぁまぁありがちっちゃありがち。
コートをキューバって言うのかわいい。

歌が古さを物語ってるな😇
✔️🔸️『森は生きている(3.5)🔸️『からゆきさん』(4.1)🔸️『千羽鶴』(3.8) 

 全編に近いモノクロ16㍉版は、まぁ、それなりの画質で、後半を中心としたカラー35㍉の半分に短縮版は、青関係とその煌めきはまぁ、美しいが全体に汚れめ橙系に寄ってて、映画ならではというよりは、それなりの舞台の存在と質を移し取った感。
 「頼みなどしたこともなく、女王として命令しかした事はない、と仰るけれど、今回は橇に乗れるよう頼むだけで、褒美などは考えず、どうぞだけを付け加えて」「いがみ合いばかりしてる犬にされて、一生その侭ということはない。一年の内におとなしくなれば、年末にこの森に連れてくれば、人に戻す事も。指輪ももう奪われない。貴女は戻ると女主人」
 当時のか、未来のか、俳優座の名だたる俳優ばかりで、ゆっくり大きく前後する移動付きの長いカット中心で、横ズレ位置の似た長回し・横を繋げる長め横フォローらから、時に大CUにもなる寄りやアップとその切返しとか角度変しての、内外の感情や自然猛威というよりは舞台仕掛けによる吹き飛ばされ、らと、一気花や雪らで自然推移や、皆が集って違いの力関係をやり取りする、それなりのカット割り以降に至る後半は、舞台のモラルや信念深さに、じっくり行き当たる、どっちにしても、仕掛けがあっても、本位の映画でなく、演劇の底力の納得を思い知ってく。
 年末年変わり、12の月毎の神が集まっての祝いの席、森深さに、勝手女王3月の花もってくれば金銀多数のお触れに、母や祖母の強欲に、寒さで危なくも探しに出された孫娘が迷い込み、渡され救われ、ピンチ時の指輪も貰う。これを自分等の手柄とした母・祖母は、採れた地を案内させられ、孫娘を差し出す。口を割らぬまごむすめだが、指輪を取り上げられ放られると、教えられた呪文を唱え、神らを呼び起こし、女王や母らを改心させてく。
………………………………………………
 次の日、1日使われる筈の予定が急に無くなり、予定もなかった2本の映画を見にく。
 『からゆき~』。明治37年に渡航、大正7年帰国の、九州の港村・波無村か、元からゆきさんらは村に素直に戻れずも、故郷離れがたしで離れた地に纏まり、固まり住んでる地に、ハーフ息子アントンを連れ、外人の夫弟の庇護を振り切り戻ってきて、アントンの担任教師だけが公平な理解者で、皆子らも大人・体制も差別恥意識を隠さない中で、普通に懸案の公会堂建設資金に主たる寄付をし、村会議員の面目躍如となるが、そのアントンへの感謝状中心の、落成式は、村人らの無礼内的ぶち壊し騒ぎが自然に膨れ上がり、ゆきは真に心痛め、迎えに来ていた義弟に息子を預け、夫の遺言「より偉く」を真に果たそうとす。アントンの去りに驚いた仲間らは小舟を仕立てて、「皆の子」を引き裂かれながら送り出す、満面に感情をはみ出しながら。
 部分ライト確かさや、グレー的光感空気を漂わせながら、仰角・前後移動・完全建て込みセット・フォロー移動・90゜内外角度変、らを際立たせずにそれぞれの役者や演出者の気持ちを定型に押さえ込んでくが、その秘めたものは入江スタープロ作とは考えられないくらいだ。
 そして落成式入場の上下から縦へ横へ自在すら越えた移動・人や馬車もより自由に動いてく、辺りからカメラワーク・ライティング・母役の隠れた場からの感情の硬化や煌化・客船と追う小舟の位置と動感とロケや表情並べの張り裂け、は考えられない爆裂感可能性を実現し、それ以上に膨れ上がってく。極めて速いカメラの横流れから退いて全体を捉えんとす、記念上映の南亜大スクリーンへ自然に発火暴れだす村人らの陰影やニュアンスすら混乱し、像と実体・影と多少・大小跳梁し、それすらもバランス出来てく悪しき魔性を示す人らの全体性の止まり知らずの力を示してく。海上ロケの外景の力と情感林立一体の引き合いと爆発前の爆発以上が定着されてく。
 やはり、観れば観るほどのタイプで彼の最高傑作である。戦前作に拘わらず、戦後熊井の最高作に、筆致力・テーマ先進・硬い存在、全くひけなく、時代を考えれば、熊井に限らずどの邦画よりつき進み、かつ広く正確以上先のさきまでの目線がある。
……………………………………………………
 そしてメインロードを敢えて外れたような戦後作『~鶴』もまたもや予定外追加で。小6から中学に掛けての、白血病発祥し亡くなってゆく、原爆の傷も無く・ひときわ元気・駆けっこダントツ・歌も皆が聞き惚れる、少女に、好きなこけしを集め・彼女の元気の願いの千羽鶴折り協力の、心優しい新任先生も積極加わり、クラスの「団結会」。それは彼女の死の後も、墓づくりを越えていいか・しかし原爆の子いや世界の平和の為の彫像つくりへ、出来るまで広島を離れぬと自活働きに勤しまざるを得ない少女の家族、クラス全体・全国中学呼び掛け・遅れてわが校も校長口説き生徒総会へ・全国から多大な金が集まり・折からの全国中学校長会へビラ配り・その浸透やマスコミ扱い巨大化し、自分等だけで収まらない難しさへも。そして長崎の物にも負けない像+銅鐸+千羽鶴の完成と、原爆の日の歌の拡がりにも負けない、人々の集まり自然な多数。喧嘩多いクラスの最初や・亡くなる少女のナチュラルイコン化も美しいが、セキなる少女の自然纏まり落ち着きも貴重。
 前後するや斜め退く移動、俯瞰め多数駆け足どんでん、90゜変や各グループ図の埋めつくりと張り出す相互バランスと美、個々や群衆の意図などない演出の生まれと育てと流れ出来。一瞬もあさましいというか、拳を握った力こぶの気張りがない。演出の人感情動作や・造型飽きさせないいきいきと美、これらに全く作為無しは、この作家の他作と同じで、社会派に流れがちな本作で特に逆へ舵取り意識無しが凄い。弛みや圧迫がなく、只美しくまんま貴重なものが流れてく。ここに、今にして世界最高の映画演出家とその理想形を目にした感。