レビュー王子

哀れなるものたちのレビュー王子のネタバレレビュー・内容・結末

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

孕んだ子どものことをモンスターと呼び、ヒステリックのさなかに自殺した若い女性のご遺体を、奇抜な外科医が川から回収して、胎児の脳を、ご遺体の脳に移植するところから、この奇妙な物語がはじまってしまいます。

見た目は美しい女性なのに、赤んぼうのような振る舞いを繰り返す。成長だけがある。成長をする。その観察データを取るために雇い込まれたマックスは、彼女に惹かれていく。

物語の縦軸はベラの「改善」ですが、ぼくはマックスに感情移入して、マックスを縦軸に見てしまったため、中盤のダンカンのところはすこし退屈でした。

あとは会話がとてもよかったので、英語を添えて感想を書いていきたいと思います。


【熱烈ジャンプ】

ベラが「熱烈ジャンプ furious jumping」を"発見"するところは、わりとぼくの感じと似ていなくもなくて、共感して笑いました。しばらくはエッチなことするときに、熱烈ジャンプのことがあたまをよぎりそうです。


【あたらしい自分の人生と、前の自分のクリトリス】

"However, I will keep my new life and my lovely old clitoris, thank you."(でもね、あたらしい私としての人生と、前の私の愛おしいクリトリスで生きようと思うので、ありがとうございます)

ここめちゃくちゃかっこよかった、というか、こういう言いかたで強さを表現できるベラの生き様が素敵だと思いました。


【ダンカンみたいな男たちの支配欲】

ダンカンは最初こそよかったですが、途中でなぜあそこまで悪魔的に狂ってしまったのか、わからないままでした。今作ではダンカンや将軍は、男性的な「支配欲」に自らをむしばまれ、壊されていく描写があって、やや誇張しすぎているような気もしなくもなかったですが、わかりやすく描かれていたと思います。

私見ですが、支配欲というのは一次的な欲望ではなくて、一種の過剰性というか、管理不能なものを管理してみたいと思うストイックな管理欲の表面化だと思います。それは管理がそもそもたのしいからです。

だから、ダンカン(みたいな男たち)は、ベラとおなじように、管理するのは楽しいなあという気持ちをエスカレートさせていき、その管理的な欲望を表面化した先に、「(自由で奔放な美人の)女」を管理してみたいとか、俺なら管理できるとか、ゲームのやり込みにも似た高難度のあそびをしているんだと思いました。


【思考と対話の娼館】

こんなに思考して対話してくれる娼館オーナーがいたらいいなあって思いました。

"I still believe everyone would be happier if we could choose."(さっきの通りみんながもっと幸せになるには、私たちが男性を選べるようにしたい)

"An idealist, like me. How delightful you are. But we must give into the demands of the world sometimes. Grapple with it, try to defeat it but"(理想家なところ、私みたいね。ほんとに素敵。でもね、そういうふうにできることもあれば、この世が求めてくるように生きなきゃいけないこともある。闘って、勝とうとして、でも…)

"So you believe as me?"(あなたも私とおなじことを信じてるの?)

"Of course. But some men enjoy that you do not like it."(当たり前でしょ。でもあんたがやりたくないのを楽しむ男どももいる)

"What? That is"(は?それって…)

"Sick! But good business"(病気ね、でもお金にもなる)

ベラの要求に対してはノーなんだけど、要求に対する出口をちゃんと用意してくれるスウィニー(娼館のオーナー?)。それも対話のなかで、折り合いのつけかたを教えてくれる。セックスと金が必要なベラを、「管理欲」の番外で管理する。かなり巧みな会話だと思いました。


【ロンドン帰還後の会話!!!アツすぎる!!!】

"you have not mentioned our betrothal"(婚約について触れないんだね)

"you were much younger, there is no bind. i was mesmerised by you and Baxter took advantage of it"(君がまだ若かったから、あれにはしばられなくていい。ぼくは君の魅力に溺れ切っていて、バクスターに敵わなかった)

"so you are mesmerised no more?"(今となってはもう溺れてない?)

"i'm still mesmerised"(今だってまだ溺れているよ)

"I have been a whore you understand. Cocks for money inside me. Are you okay with that? Or is the whore thing a challenge to the desire for ownership men have. Wedderburn became much sweary and weepy when he discovered my whoring."(私は娼婦だけどわかってるよね。チンコを何本も体内に入れると生活できる。問題ないって言える?それとも売春したことが男の所有欲を脅かす?ウェッダーバーンは売春を知って、怒って泣いてたけど。)

"I find myself merely jealous of the men's time with you, rather than a moral aspersion against you. It is your body Bella Baxter. Yours to give freely."(ぼくは君のことを責めたいなんて思ってなくて、ただ、ほかの男と過ごした時間を思って嫉妬をしているだけなんだと思う。ベラベクスター、君の体は君の物。君が自由にするもの。)

"I generally charged thirty francs."(30フランでだいたいやってた)

"seems low"(安いかな)

"Do you believe people improvable Max?"(マックス、人間は改善可能だと思う?)

"I do, as a human body can be cured of illness, so can men and women be cured of aspects."(そう思うよ、人間の体は病から治癒する。体と同じように男も女もいろいろ治っていく。)

"Will you marry me Max McCandles?"(結婚してくれませんか、マックスマックキャンドルズさん)

"I will"(ぼくも結婚したいです)

"(キスしたあとに)we will need less of your tongue in the future but overall most agreeable"(将来的に舌を入れるの減らしてもらう必要がありますね、でも全体的にいいですよ)

"I will take a note."(これもノートをとらなくちゃね)

長めに引用しましたが、ベラのある意味での現実的なことばづかいと、人間が改善できると信じている真のことばが、ストレートに響いてくるし、マックスもそれに呼応して、正直に語って、パレーシアを行います。婚約についても率直にキャンセルして、ベラのほうから結婚してくれと問い直し、マックスが「I will」とじぶんの意思として、つよく主体的な返事を選ぶ、そのことば選びがとてもアツかったです。

そのあとのフレンチキスで、舌を入れすぎたのを医者のロールプレイっぽく指摘されて、「メモをとらなきゃ」と、当時の観察データをメモっていた関係を想起させるような言いかたで、ふたりの関係が修復されて、改善して、"make better"になっていく様が、会話の節々、ことばの端々に感じられてほんとうによかったです。


【じぶんてきに微妙なところ】

•リスボン街の色彩が気持ち悪い
•ベラの元旦那がよくわからない(最後のほうの展開が早くて急だった)
•ダンカンの荒れかたについていけなかった
•スラム街の上に立ってるレストランと、よくわからない崖状の階段
•マッドサイエンティストじゃない側面のほうが目立ちすぎて、マッドサイエンティストやってるところのほうに違和感がある(脳の移植とかよりも、契約とか情とかが気になる)
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