耶馬英彦

ミャンマー・ダイアリーズの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

ミャンマー・ダイアリーズ(2022年製作の映画)
3.5
 観ていて苦しい作品である。10人以上と思われる人たちが撮影した、それぞれの弾圧のシーンが並列的に映される。いずれも軍事政権の暴力に対する怒りに満ちている。

 デモで目立つ赤い服を着ていたせいか、見せしめのように撃たれた若い女性。警官隊に向かって顔出しで朗々と演説する67歳の女性。警官隊に追われて逃げ惑う人々を撮影しながら、思わずこちらに入ってこないでと本音を漏らす撮影者。家に押し込まれて逮捕される母親と、泣き叫ぶ幼い娘。デモで亡くなった彼女のアパートで、残された電子ピアノで彼女が弾いていたエリーゼのためにを弾いて弔う男性。政府に雇われた暴力団員が無抵抗の市民を棒のようなもので殴る様子。自宅の窓に警官隊から石を投げられて、暴力はやめてくれと懇願する男性。妊娠がわかって男に打ち明けようとする17歳の女性と、逮捕者リストに載せられたからジャングルに逃げるという恋人。なんとかタイに逃れはしたものの、置いてきた家族や友人たちに対する罪悪感に苛まれる女性。

 どのシーンにも共通するのは、銃を構えた大勢の兵士や警官隊に対して、市民の非力さである。あまりの無力感に呆然としてしまうが、ミャンマーの市民たちは絶望しない。無抵抗非暴力の反体制活動を継続していく。戦前の日本とは大違いだ。多くの日本国民は、長いものには巻かれろと、軍事政権の嘘で塗り固められた大義名分を受け入れて日の丸を振った。
 ミャンマーでも同じように軍事政権のイヌになる人々はたくさんいる。兵隊や警官はたいていがそうだ。元々ヒエラルキーの上下に従うようにしつけられている。イヌはイヌなのだ。
 イヌではない人々の抵抗の仕方は様々だ。仕事を放棄して軍事政権に何も協力しない人や、本作品のように映像を発信する人がいる。若者たちを中心に、暴力で対抗しようとする人々もいる。アウンサンスーチーは相変わらず軟禁状態だ。経済活動は行なわれているが、徐々に貧しくなっていることは間違いない。難民として流出する人々もいる。状況は絶望的だ。
 国家主義者は国民の幸福よりも国家の体面を重視する。それが滅びの道に通じていることは歴史的に明らかであるにも関わらず、決して反省しない。国民に銃を向ける政権が支配する国は、国民のモチベーションを著しく下げる。そのうち外敵を想定して、戦争に突き進むことで国民の支持を得ようとするかもしれない。周辺の国々はとても警戒している。

 かつての日本も歩んだ道だ。戦争で負けることでしか、軍事政権を倒せなかった。ミャンマーもそうなるのだろうか。心配なのは、日本も再びミャンマーと同じ道を辿ろうとしていることだ。マイナンバーカードを強要して国民を管理し、インボイス制度で税の徴収を強化し、そして軍事費を倍増している。どう考えても恐ろしい状況なのに、相変わらず自民党が選挙で勝ち、更にタカ派の維新が躍進している。この状況を恐ろしいと感じない日本の有権者の鈍感さが、一番恐ろしい。
耶馬英彦

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