本編が終わったあとに流れるメッセージと「Pay it forward」戦略について。クラウドファンディングで制作費の一部を事前に募った作品はこれまでもあったが、できあがった映画について、チケット代を払えない人のために、代わりにチケットを買ってください、と寄付をお願いする手法にはびっくりした、そんなやり方があるのかと。実際、劇場でもスクリーンに表示されたQRコードをスマホで撮影している人がたくさんいたが、寄付するのはちょっと待ってほしい。この映画が「Qアノン」絡みで批判されているという事実を知ってから判断しても、遅くはないはずだ。
英語版Wikipediaによれば、主人公のモデルとなったティム・バラード本人も、主演俳優のジム・カヴィーゼルも、ゴリゴリのQアノン信者で、「悪魔崇拝のリベラルエリートどもが世界を牛耳り、秘密裏に子どもの人身売買をおこなっている」という荒唐無稽な陰謀論(ヒラリー・クリントンが大統領選挙のときにそうした批判にさらされたので覚えている人も多いだろう)を主張しているという。おいおい。しかも、バラード自身があろうことか性加害疑惑で、みずから立ち上げた児童を性犯罪者から救うための民間団体OUR(Operation Underground Railroad。地下鉄道計画)の責任者を解任されたというオマケまでついている。おいおい。
「神の子たちは売り物じゃない」という決め台詞に対する違和感の正体が、これでわかった。「子どもたち」ではなく、「神の子たち」であるところに引っかかっていたのだ。児童の性的虐待そのものに対する嫌悪感というより、ジムの涙にある種の宗教的な熱狂(それを洗脳と呼ぶ人もいる)を嗅ぎ取った人がいたら、たぶん、その違和感は正しかったのだと思う。そうした情報を伏せたまま、日本公開に踏み切った配給会社には疑問を感じる。知らないうちに自分が陰謀論の片棒を担がされたと知ったら、どう思うだろうか。
資産家パブロを演じたエドゥアルド・ベラステーギも、メキシコでは有名な大金持ちの歌手兼右翼活動家だそうで、大統領選挙にまで出たらしい。きな臭い匂いがぷんぷん漂ってくる。上記の「Pay it forward」戦略によって、劇場はガラガラなのにチケットは完売、という摩訶不思議な現象も発生したそうだ。参考までに英語版Wikipediaから本作のマーケティング戦略に対する評価を引用しておく。
「これは信仰に基づく配給会社がルールを破り、勝者となったもう1つの例だ」 「これはまた、草の根マーケティング戦略と、信仰に基づく聴衆の力を利用することが、利益を生み出す非常に効果的な方法であることを証明している」
https://en.wikipedia.org/wiki/Sound_of_Freedom_(film)#Audience_reception_and_faith-based_appeal
自分も映画を見たあとはじめて知ったことばかりで、なんとも評価がむずかしくなってしまった。映画そのものは、児童買春の描写を巧みにぼかしつつ、でも、その後に、あるいはその前に確実にくり広げられていただろう悲劇を想像させるつくりになっているので、見てられないということはないが、けっして気分のいいものではない。子を持つ親ならなおさらだ。ロシオとミゲルの姉弟の無邪気な笑顔を見たら、余計に、どうしてこんな幼い子どもたちが……と思わずにはいられない。唯一の救いは、どこか胡散臭気な、それでいて根っからの正義感でもあるヴァンピロの存在で、ビル・キャンプの存在感は群を抜いていた。
△2024/10/08 TOHOシネマズシャンテで鑑賞。スコア3.6