彼女の気持ちが離れていることはわかっていた。最後に会えないかメールを送った。それから映画館に入った。
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映画は傑作だった。描写が丁寧で飽きさせない。最初の舞台裏のシーン、その空間の広さや湿り気まで伝わって来るようだった。丁寧な描写は一人一人の登場人物にも当てはまり、性格や感情の揺れを上手く伝えている。安心して観ていることができ、久しぶりに「ああ、面白い」と思いながら映画を堪能した。
キャスティングが素晴らしい。エリーズ=マリオン・バルボーは現役のダンサーとのことでダンスが素晴らしいのはもちろんだが、美人だが美人過ぎないというか、素を感じさせる演技で好感度が高い。他の役者も皆良かった。
・オリジナルタイトルは「肉体」(だと思う)。ダンスの映画だから当然とも言えるが、セリフなしに描かれるシーンも多く、見応えがあった。
身体性に関するセリフもたくさんあった。
「科学は素晴らしいが、科学がたどり着けない身体の神秘がある」
「心と身体はつながっている。君の捻挫も心の表れだ」
「ぼくたちは波長が合う」(でも、それだけでは恋愛関係に至らないことも描かれる)
「怖れや怯え、怒りなども自分の真っ当な感情として認め、表現すること」
「バレエは軽やかに宙を舞う天空のダンス。ヒップポップは地面に親和性のある大地のダンス」
身体は時に、言葉以上に雄弁に思うを伝える。
エリーズの本命のメディ、二人はほとんど言葉を語らず思いを通じあわせていく。
エリーズの父親は弁護士という法の言葉の達人だが、感情の言葉が苦手で「美味しい」も「愛してる」も上手く伝えられない。その代わりに彼はエリーズをハグするのだった。
・今どきの映画らしく、ジェンダーの問題にも敏感だ。花嫁役のモデルを膝まづかせるカメラマンの演出に不満をぶちまけるシーン。
また、「バレエの女性はいつも悲劇に終わる。まるで女性は幸せになってはいけないかのよう」というセリフも。
・「あなたがこれまで順調だったのは運が良かったから。それは特権のようなもの。順調でないことを経験できているのは人生に大切なこと」というセリフも良かった。そして、人生はやり直せるという希望の映画。
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映画を見終わって映画館を出ると、ちょうど彼女から返信が届く。やはり会う必要を感じない、という冷たい返事。残酷だが仕方がない。この人生も何とかやり直せるだろう。
ヤンのように素直に泣けるといいのだけれど。
追記
随所で流れるバッハの曲が美しい。殊にバレエスタジオのシーンで流れるピアノソロのマタイ受難曲アリア…