シネラー

月のシネラーのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.5
辺見庸の原作小説、
実際の相模原障害者施設殺傷事件を
モチーフとした本作を劇場鑑賞。
複雑で重たいテーマ性から
安易に人に薦められない映画だが、
社会の隅に追いやられている
直視されない現実と問題を描いた
良い映画だった。

物語としては、
元有名小説家の堂島洋子が
重度障害者施設で働き始めるも、
そこで他職員による入所者への
虐待行為を目撃していき、
同僚で絵が得意な青年さとくんの
凶行に直面する内容となっている。
宮沢りえが演じる洋子に
さとくんを演じる磯村勇斗と
同じく施設の同僚である陽子を演じた
二階堂ふみが主要人物として展開されるが、
それぞれ命の葛藤や施設で働く故の
苦悩を抱えているのが印象的で、
その中に不条理な見たくない物に
蓋をする社会に対する
メッセージ性がある人間ドラマだった。
中盤まで陽子が苦悩する場面が多く、
後にさとくんが犯行へと駆り立てられる
展開が丁寧に描かれていて、
施設内の不条理な現実の悪循環を
観ているような感覚だった。
その際の気持ち悪さすら感じさせる
登場人物の表情のアップや
時折に傾くカメラワークの演出が、
施設内での不気味さや不条理さが
垣間見える演出で良かった。
主人公である洋子に関しても、
かつて3歳の子ども亡くした上での
妊娠に中絶も頭に過りながら苦悩し、
その部分が命の選別という意味で
さとくんと問答する展開になるのが、
心苦しくも上手く重なる命の問答だった。
重たいテーマの中で清涼剤となるのが
洋子の夫を演じたオダギリジョーで、
童心を忘れない純粋な父親で
それでいて夢を何とか追い続けている
役柄がとても良かった。
気になった点としては、
劇的な場面の雷演出は安直だと思った。

介護士となって6年目の身の上だが、
本作の綺麗事で包み隠さない
施設の酷い現実は誇張部分もありつつ、
他人が見ようとしない現実を
見事に描いていると思った。
劇中の施設は明らかに劣悪な環境を
描いているのだが、
全く無いと言い切れないのも事実だ。
命や心とは何かといった
人間の尊厳に関わる問答も描かれ、
さとくんの独善的な主張や犯行に
共感と理解はできないが、
真っ向からの否定は結局のところ
綺麗事である故に、
現実的な反証が浮かばないのが
正直なところだ。
意志疎通がとれないのが人でないなら
自身の5年間を否定するようでもあり、
施設の問題に
社会的地位の低さといった
やりきれない現実と理想の
矛盾を痛感するようでもあった。
しかしながら、
その人の好きな食べ物を提供したり、
お風呂で清潔にして欲しかったり、
楽しみを提供していく事も間違いでなく、
自分が自分である為の行いなのだと
改めて自負する映画でもあった。
エンドロールが始まった際には
思わず自分が看取った入所者との
思い出が頭に過って涙が溢れたが、
綺麗事でも本当はそれが一番良い事で
入所者の親愛なる隣人でいたいと
個人的に思うところだった。

結局のところ映画内の問題提起が
解決される訳でも答えがでる訳でもなく、
観客に投げ掛ける形の映画である為、
なかなか重たく苦しいテーマで
人に安易に薦められない内容だったが、
是非とも多くの人に直視して欲しい
とも思う問題提起作だった。
映画冒頭で同じ事が繰り返される旨の
聖書の引用が紹介されるが、
凄惨な事件が二度と起こらない事を
祈るばかりだ。
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