荒野の狼

アントニオ猪木をさがしての荒野の狼のレビュー・感想・評価

アントニオ猪木をさがして(2023年製作の映画)
2.0
「アントニオ猪木を探して」は2023年の映画。冒頭は、猪木が青年期を過ごしたブラジルの農園で撮影され、当時猪木の近所であった高齢者が数十年ぶりに現地を訪れる。現地での準備が不十分なのは明らかで、現在の農園主と、アポなしのような形で会うのだが、当然、会話にならずに、猪木のことも現地の人はまったく知らない。
猪木は力道山に連れられて日本に行くことになるが、映画では、この後の猪木の若い頃の話がほとんどなく、独立した当時、倍賞千恵子・美津子の姉妹がプロレスの宣伝カーでウグイス嬢をした(藤原喜明のインタビュー)というエピソードくらいが注目される。猪木の全盛期も、アリ戦とホーガンにKOされた試合が紹介された以外は、マサ斎藤との巌流島の戦いの裏話に異様に長い時間がとられている。一方、この試合自体の映像はない。
猪木晩年の試合は、ベイダー戦が紹介されるが、この部分は、棚橋弘至が何度も見た試合とコメントしているが、以前に猪木追悼テレビ番組で棚橋は、この試合に対するより長い意味のあるコメントを残しており、本作では棚橋には語ることが残っていなかったのではないかと思われる。オカダカズチカのインタビューも収録されているが、特筆すべき内容はない。藤波辰爾のインタビューも収録されているが、他番組で既に語られた以上のものは本作にはない。気の毒なのは藤原喜明のインタビューで、長州力を札幌で「テロリスト」として襲撃したことが、会社の指示であったことを、認めさせられていること。藤原本人は「言いたくないんだが」としながらも、真相を明かさざるを得ない状況に追い込まれている。猪木が「徹子の部屋」に出演した時の映像も短い時間流れるが、ここでも猪木がプロレスはスポーツということだけでなく観客に見せるという要素があると歯切れが悪く不承不承語っているシーンが切り取られている。プロレスを「八百長」と言われることを特に嫌っている日本のプロレスラーにしてみれば、「シナリオがあった」ということは、一番口にしたくない事であり、猪木や藤原のファンにとっても聞きたくなかったセリフである。猪木伝説を作ろうという意図の本作に、こうしたシーンを入れるのは失敗である。パキスタンで猪木と対戦があるペルーワンの一族の青年が出演して長めのインタビューがされているが、この青年は単に猪木にかわいがられたペルーワンとは無関係の青年という印象。インタビューの人選がしっかりされていない証拠であり、この青年のインタビューを映画に収録するよりは、試合を収録して欲しかったところ(試合の映像は極めて短く、インタビューのほうが長い)。
本作では、猪木を見ながら成長した一人のファンの創作ドラマが挿入されており、ここではプロレスラーの田口隆祐と後藤洋央紀が出演しているが、とくに後藤は普通の人ではあり得ないほど筋骨隆々としており、一般人の役柄は不自然。プロレスラーをせっかくドラマに使うのであれば、猪木の若い頃の再現シーンでも収録すべきであった。長身のレスラーをジャイアント馬場役にして、若い頃に猪木と馬場がリングで対戦した時の再現シーンなどがあれば、ユニークなものになったはずで惜しい(ちなみに猪木対馬場は、1961年に対戦があり馬場の16戦全勝)。
ドラマ自体には、猪木が試合前のインタビューに答えて、「出る前に負ける事考える馬鹿いるかよ」と言ったセリフを人生の名言のようにしている箇所がある。映画では、このインタビューの実際の映像も収録されているが、セリフの後に、佐々木正洋アナウンサーを張った音もあり、現代の尺度では、マスコミあるいは一般人に暴力を振るった証拠であり、映画への収録自体が製作者の感覚を疑う。実際、佐々木アナは翌日にも出血しており(本人が被害者意識がないのも問題であるが)、こうしたシーンを本作でポジティブに描くのは、国際的には暴力の助長をしている国ととられてしまうことになる。
本作で登場場面が多いのが、写真家の原悦生だが、原も他のドキュメンタリーなどで既に語り尽くした感がある。本作ならではのユニークな写真は、猪木がキューバでカストロと対談後に肩を組んで写っている写真くらいであり、特に本作ならではの秘蔵映像はない。
プロレスファンにとって残念なのは、本作では試合の映像が少ないこと。エンドロールが流れる直前になって少しだけ、鮮明な猪木の試合映像が流れるが、もっと試合が見たかったという印象を強くさせるものであった。
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