パイルD3

ナポレオンのパイルD3のレビュー・感想・評価

ナポレオン(2023年製作の映画)
4.5
首は飛ぶし、大量に血も流れる。

大軍の兵士たちの間を桁違いの弾丸、砲弾が飛び交い、死の地獄が蔓延する修羅場も凄まじいが、リドリー・スコット監督は、戦下の英雄譚や、政情不和、残忍な殺生沙汰と対比するかのように、小さな日常風景をナポレオン夫婦の在り方に集約して見せる。

ナポレオンにとって自分がいればこそのお前であり、ジョセフィーヌにとって自分がいればこその貴方であるという、譲り合えず、折り合えず、しかし互いの愛あればこその否定出来ない冷めた真実。

身も心も汚れて憎悪も嫉妬も傲慢さも、更には悪意までも心に宿す夫婦。
しかし、実は究極の場面では互いに嘘をつけず純粋であり続ける愛情の姿が、男と女の原形質を見せて、さながらシェークスピア劇を見るようでもある。

劇中で男は女を怪物と呼び、女は男を堅物と呼んだが、これこそナポレオンとジョセフィーヌの互いに寄せた賞賛と尊敬の言葉かも知れない。
荒々しい戦闘に挟まれて、二人だけの空間では、溢れる人間味と悲哀を滲ませる主演二人の演技が素晴らしい。

歴史を再現する戦闘シーンは、一切手抜きは無く、CG慣れした観客を唖然とさせる。
天地間を行き来するアナログのカメラワークと編集力で圧倒して見せたリドリー監督の、全く年齢を感じさせない画作りは言葉を失う壮観さである。

◉追記:
1週間経った12月9日に、どうしてももう一度映画館で観ておきたくて、2回目へ。
やっぱり凄かった。長尺版もぜひ観たい。

冒頭の残酷なシークェンスで流れるアッサイラッサイラッサイラ〜🎵という陽気なフランス語の歌のインパクトがすごくて、耳に残る。
チョこっと掘ってみましたら…
“Ah ca ira“(ア・サ・イラ)というフランス革命時代の流行歌らしい。貴族の断頭を煽る歌詞で、うまくいく、うまくいくと連呼するのがアッサイラッサイ…の部分。納得!
ヴェルサイユ宮殿の歴史を描いた1954年のサシャ・ギトリ監督のフランス映画の中で、アントワネットのいる宮殿の柵を民衆が押し開けてなだれ込む場面や、ロッド・スタイガーがナポレオンを演じた『ワーテルロー』でも使われていたらしい。
押し開けた柵のてっぺんに乗り上げて歌っている小娘は何とエディット・ピアフ。

そして、サシャ・ギトリは2年後、『ナポレオン』の伝記映画も撮っている。
ナポレオン役はダニエル・ジェラン、ジョセフィーヌはミシェル・モルガン。

本作にも何らかの影響を与えているだろうし、リドリー監督が参考にしているのは間違いない。
全く老い知らずの監督には、あと200年くらい生きて映画を撮り続けてほしいと素直に思う。
パイルD3

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