佐藤備忘録

市子の佐藤備忘録のネタバレレビュー・内容・結末

市子(2023年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

よく結婚するときに「入籍する」や「籍を入れる」と言い間違える人がいるが、入籍とはつまり、ある戸籍に入っている人が既に存在する別の戸籍の中に入るということなので、初婚の2人が「一緒になる」すなわち2人だけの戸籍を新しく作るときには「入籍」と言わないらしい。

じゃあ元々どこの戸籍にも入っていない人が結婚するときはなんて言うんだろう。

ただ生きてるだけでは法に存在を認められない。法を犯して初めて、存在が認められる複雑な人間、市子。

市子の輪郭はあやふやで、観ている側としても心がざわつく、不安になる。

このあやふやさや不安の理由は「市子が無戸籍者だから」だけではないだろう。追加して4つの理由を挙げたい。

一つは、杉咲花の底が見えない妖しい怪演。彼女の演技からは単純に怖いものを感じた。
二つめは、いわゆる「不在の中心」。
三つめは、作品の構成。時空が目まぐるしく入れ替わり、過去と現在が交錯し、自分が今どこの時間軸にいるのかわからなくなる。
四つめは、手ブレするカメラムーブメント。なぜ手持ちカメラなのか。固定カメラが安定をもたらすなら、手持ちカメラがもたらすのは不安定、心の揺れだろう。冒頭の食卓シーン、花子のバストアップからすでにカメラが固定されておらず揺れていてその後の波乱を予感させるようで、なんだか不安になった。市子が昔「人を殺した」と呟いていたという話をケーキ屋から聞いた若葉竜也演じる長谷川が原付で走り出すシーン、ここからどんどん不穏な展開になっていくシーンで原付を追いかけるカメラは、これまた長いこと揺れていた。

ってかやっぱ若葉竜也、良い!

カメラワークの手ブレ演出は現実の戸籍制度の暗部を暴露するある種のドキュメンタリー感を出すためでもあるのかな。

「花はちゃんと水をやらないと枯れちゃうから好き」的なことを言っていたシーンが印象的。最初は「花と違って人間はちゃんと水をやらなくても枯れない」=母子家庭でまともな食事を与えられなくても生き続けてしまう市子自身のことを自分で言ってるのかなぁなんて思ったが、そうじゃなくてあれは月子のこと言ってたんだろうな。

月子もちゃんと世話しないと枯れちゃう。だから好き。市子は月子のことがちゃんと好きだったんだ。好きだけど、枯らしちゃう。もう、限界だったから。「ありがとう」と母親が言う。母親が「にじ」を口ずさむ。

「くもがながれて」「みあげてみれば」「にじがかかって」「きっと明日はいい天気」この辺の歌詞マッチしすぎ。

雲がバーンと映し出されるショットが何度かあったけど、作品全体を包むほの暗い雰囲気にちょうどいい明るさを与えてたようにも思える。まさに「光がさして」状態。でも、矛盾するようだが、なんだか全然明るくなかったようにも思える。爽やかな雲のはずなのに、どこか湿っぽかった。

映画観る直前、たまたまヤングケアラーについて勉強してたから「おっ」と思った。

ショッピングセンターってなんかワクワクする。

そういや文鳥も世話しないと死んじゃうな。あの文鳥どうなったんだろう。

ファムファタールみを感じるなぁ。川辺親子と正面から関わった男はみんな怒ってた。北も小泉も名も知らぬ島の男も。長谷川でさえ、川辺なつみを前にして少し声を大きくしてた。男どもはみんな「お前のために頑張った」だの「お前しかいない」だの声を張り上げる。

個人的にはこの作品から「どんな人間でも自分の幸せを追い求めて生きていい」というメッセージを受け取った。
市子は普通に見れば制度や環境に恵まれないかわいそうな子なんだろうが、自分にはわりとバケモノに見えた。だって月子・小泉を殺すまではわかるが、北を殺すのは変じゃん。北とどういうやりとりがあったのか知らないし、もしかしたら北が自ら死を選んだのかもしれないが、だとしても市子は北の死を止めなかった。それは多分、自分が生きていくうえで北が邪魔だから。そもそも自殺志願者の北見を殺すために呼び出す時点で普通じゃない。なんで呼び出したか。それも多分、自分が生きるためだろう。
普通じゃない人間でも、どんな人間でも幸せを、夢を願って生きていい。「きっと明日はいい天気」だと思って生きていい。そんなポジティブ?メッセージを勝手に受け取った。

「すべては、生き抜くために。」

パンフレット買えば良かったなぁ。時系列さすがに整理しきれてないや。
佐藤備忘録

佐藤備忘録