篠村友輝哉

市子の篠村友輝哉のレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
4.5
これから夏が来るたびに、苛烈な日光に射たれ汗を滴らせながらどこかで生き続けている彼女の姿を、私は思い返すことになるだろう。
市子が生のために犯さざるを得なかった行為の数々は、制度や社会の歪みに由来するものであるが、映画はそれをことさらに強調しない。ただ彼女の人生とそこにおける事実を、さまざまな角度から立体的に提示していく。観客は、長谷川とともにその軌跡を追うことになるわけだが、しかしそれが明らかになればなるほど、浮かび上がるのはむしろ市子という人間の「わからなさ」だ。だからこそ、彼女の姿がどう映るかに、観る者自身の価値観が投影される。
過去や家族という根のために周囲が遠ざかる経験を重ねた彼女の痛切な願いは、その根から解放されて、市子という「普通の」人として「生き直す」ことだ。しかし理解を示すような振る舞いをする者に限って、その過去から逃れて「普通」になることを許さず、ただ自己愛を満たすために弱者に近寄る。他者を他者としてそのまま受け止めるということは、その内面がふと開かれるまでは決してこちらから立ち入らないということのはずだ。真相を知りながら市子のことを「忘れた」長谷川は、ほんとうの意味でそれができる人物だったのだろう。だからこそ、彼女は三年のあいだは、彼の側に居続けられたのかもしれない。
雨がすべてを洗い流し、明日がいい天気になることを願う市子の姿をもっと追いたいが、この映画に添うなら、それは慎むべきだ。夏にふと彼女のことを思うくらいが、他者にできることの限界なのだろうか。
篠村友輝哉

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