イトウモ

彼方のうたのイトウモのレビュー・感想・評価

彼方のうた(2023年製作の映画)
3.3
『ひかりの歌』から『春原さんのうた』にかけて一気に抽象度が上がり、プロット的なものの役割が一気になくなった。
今作でも、若い女、春にストーカーされていると気づいた中年男、剛が「どうして自分なんですか」と問いかけ、「中学生のとき、駅のホームで…」と女が答えると、男は涙を流して崩れ落ちる、こういうシーンがあるが、ぐっとくる感というより、『春原さんのうた』を踏まえて「またか」と思えてしまう。
親子であったり、配偶者であったり、家族らしき関係が仄めかされながら関係性を明言されない。そのうえで、キノコヤをとりまく友人同士の対立のないゆるやかなコミュニティはよく描かれる。この人間関係の(小劇場的な)ぬるま湯感をどう楽しもうかと悩む。

演出としては清原惟『わたしたちの家』のようなオフの感覚にぐっと近づく。わかりやすく、亡くなった家族の思い出らしきカセットレコーダーの音声があり、劇としては画面内の小道具だが、映画という装置としてはスピーカーから流れる画面外のオフの音声である。こうして味覚、触覚といった映画に表現し得ない感覚を画面外に仄めかし、煙や画面外に投げかける視線によって、ここにはいない人の存在を現出させる。顔ではなく視線をしっかり撮るという意味では、小津のような段取りがあり、意識の高い監督に思われた