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悪は存在しないの教授のレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
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圧倒的な「映画力」と言いたくなるような映画。
タイトルバックにいきなりの「ゴダール」オマージュなら冒頭の、意地悪なほど長めに続く森のシーン。石橋英子の音楽と合わせて、本作が「禍々しさ」を抱えた物語であることを指し示す。

冒頭の「ゴダール」を始めとした映画史的な引用と、師匠筋にあたる黒沢清監督の「カリスマ」を彷彿とさせるようなディテールなどのドメスティックなオマージュ。
作品世界から「社会」を描き出す脚本の構造が、映画としての強度を高める。

その「社会」とはタイトルにある「悪は存在しない」に尽きる。
それを更に俗っぽく言い直せば、そういった明確な現実社会の「悪」に対しての日本人的な「悪い人ではないんだ」という言い換え。
例えば冒頭ではコロナ助成金目当てのグランピング施設建設のために、地元に説明にやってきた高橋(小坂竜士)がなんともいけ好かない「悪役」に見える。しかしそれを持ち帰り社長とのミーティングシーンではより卑近で腑抜けた「巨悪」が顔を出す。
その後、田舎暮らしを一から学びたいという高橋の揺らぎがずっと描写されていく。

しかし一方で、娘の送迎をすぐに忘れ、その田舎暮らしのスペシャリストでありながら「便利屋」という謎の職業に従事し、それなりに裕福そうな巧(大美賀均)は常に何を考えているか分からない。
不穏に映される森の風景と同化し、ラストの凶行に繋がる。
その意味や考察については、映画の本質とは思えないので書く気にはならない。
ただ、本作が映し出す「存在しない悪」というものが何だったのかを示すには充分な迫力を持っている。

「映画」が持つ、解釈を固定しがちな作為が、感情の誘導を促す機能を使って、敵や味方を平易に分断する中で、本作は見事なまでに見えない「悪の存在」を強調する見事な傑作。
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