こめ

悪は存在しないのこめのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.5
中盤あたりからどんどん面白くなっていった。特に説明会あたりから終盤の車の横で喫煙するシーンまでずっと面白くて、面白さに感動した。
 説明会の場面では、東京からきた開発者の2人を町の人間側から懐疑的に見ていたのだけど、事務所の会議の場面では2人の苦しみが自分も同僚かのように分かる。立場上、板挟みになっている2人が車の中で会話するシーンは魂の救済が起きているように見えて感動した。車の中で所々、会話がぷつりと途切れて無になる時間が私的な空間に他者がいる事の歪さを際立たせていて緊張した。緊張すると思ったらマッチングアプリの通知が来たりして、笑ってしまう感じがリアルだった。そのような、暴力の方へ転ぶのか調和へ転ぶのか…という緊張感はそのまま現実の他者に対して抱く緊張感に似ていた。そしてその綱渡りの面白さがずっとあった。つまり「さっきまで笑っていても本当のところ何を考えているのか分からない」人間が写っている。それだけで面白い。

 うろ覚えだけど「病んでたから」「潰れそうだった」「このままで自分いいのかな」とかそういう単語が出てくる時の個人的な領域がいきなり展開される感が面白い。それまですごい事務的で具体的な言葉を使った公的な会話が際立っていたからか、ギャップで印象に残った。というか事務的な会議だったとしても当人の魂(個人的な動機)が見えなければ納得されないっていう感じが熱かった。

最後の鹿のこの世のものでは無い感が怖くて良かった。水の流れの下にいるのは子供や鹿なんだろうけど、最後のはどういう事なのか分からない。手を怪我した黛、親子の写真、子供の送り迎えを忘れる巧、など分からないことはある。手を怪我した黛を煙突からの煙が覆っていくところは黒沢清っぽくて怖い。この世のものでは無い鹿と邂逅した花は死んでしまっていたのかもしれない。

行き場を失った鹿はどこにいくのか、という話の時に巧は最後、何も言わずに黙っていた。巧は失った妻のことを考えていたのかもしれない。妻を失くした感情も同じように行き場をなくしているとしたら、最後に現れたあの鹿は行き場を失った負債の表象なのかもしれない。
 悪は存在しないと言い切ることにすら悪は宿ると思う。下流に溜まっているのは悪ではなく、そのように割り切れない、責任の所在がぼやけて目につかなようにされた澱のようなものだと思う。
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