スガシュウヘイ

悪は存在しないのスガシュウヘイのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.0
悪は存在しない、というタイトルで思い出すのは神学者アウグスティヌスの
「悪とは善の欠如である」という言葉だ。


全知全能のはずの神は、なぜ世界に「悪」を作ったのか。
この問いにアウグスティヌスは答えた。


世界に悪は存在しない。
悪とは、ただ、善が欠如しているだけなのだ。


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悪が、欠如だとしたら。

グランピング事業を計画する高橋と黛は、
確かに、田舎の生活への配慮が欠如していたかもしれない。

しかし、この二人はしっかり話を聞き、徐々にその欠如を埋めていった。

この二人が高速道路で会話する長回しのシーンは、緊張感の張り詰める本作において
大切な一休みポイントだ。
このシーンで一気に、この二人への共感が高まる。

むしろ、このシーン以降は、この二人が主役といってもいいのでは。


反対に、何か大きな欠落を抱えていたのは、巧だったのかもしれない。

なぜか、花のお迎えをよく忘れる巧。
記憶の喪失。
そして、母親の不在。


彼は後半へ行くにつれ、
どこか不気味な雰囲気を持ち始める。

鹿の話も、筋がよくわからない。


水は高いところから低いところへ流れる。
上流の行いは、下流に大きな影響を与える。
だから、上流には義務がある。
大切なのは、バランスだ。


バランスを一番欠如していたのは、
もしかしたら巧だったのかもしれない。



確かに、本作に、悪は存在しない。

しかし、多くの欠如があるように思う。

それは、本作を見終わった私の心にも、不思議な空洞を作りだす。

本作には、明確で力強いメッセージというのが、ぽっかりと欠落している。

「これは、君の話になる」とは
よくできたキャッチコピーだ。



資本主義と自給自足の狭間で。

この村は、
自然界では上流に位置し、
資本主義では下流にある。

神、人間、鹿。

大切なのはバランス。

不思議な雪の風景。


公開:2024年
監督:濱口竜介