ぽん

悪は存在しないのぽんのネタバレレビュー・内容・結末

悪は存在しない(2023年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

巧にとって、花は「自然そのもの」だったのかもしれない。木々に紛れている方が自然で、自由な存在。野生の仔鹿のような女の子。

クライマックスの鹿と花は巧の目には“親子”(もしかすると母子、かもしれない)に映ったのだろうか。それとも自分と娘の姿だったのだろうか。いずれにせよ手負いの彼女らに駆け寄ろうとした高橋を、巧は咄嗟に「してはいけないことをさせないようにする」ために止めた。恐らくは明確な殺意ではなく、このままでは均衡が崩れる、という恐怖と絶望と焦り。あとは多分怒りによって。
(しかし、高橋の結末はそれより前の様々な積み重ねの行き着いた先なので、これは最後のトリガーだったにすぎない。高橋が決定的に“バランス”を崩したのはやはり、追われた鹿はどこに行くのかという問いに対しての「どこか別のところへ」と言い放ったあの瞬間だろう。)

巧も限りなく“自然”そのものに近い、浮世離れした存在のように見えていたが、だからこそラストの暗闇の中の息づかいの生々しさにはドキッとさせられた。この話は、美しい自然を舞台に、悲しい偶然が積み重なった先の“必然”を描いたものであり、明確に線引きできるような「悪」は存在しないかもしれない。けれど人間のルールの中では巧のしたことは明確な悪であり罪と見なされるだろう。そんなことを予感させる息づかいだ。

花が見上げる木々の枝の重なり、湿った土に生える陸わさび、穏やかに流れる透き通った湧き水、森に棲む動物たち。自然を前にしたとき、私たちは「壊してはいけない」と感じる。それは腐っても生き物としての根源的で本能的な感情なのかもしれない。そしてそれが損なわれようとするときに芽生えるのもまた、根源的で本能的な怒りや恐怖なのだろう。巧はこの映画が雄弁に語るように、あの町の自然を愛していただろう。

言葉にしようとするほど遠ざかっていく気がするな
ぽん

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