このレビューはネタバレを含みます
観始めて数分で本作のリズムが肌に合わなくてしきりに足の位置を変える羽目になる。次々に謎のショットが現れては消えていく。結びつくものもあるけれど何が何やらとなるものも。花屋、血塗られた床、辞職願。観客は三人だけなので伸びてもへこんでも、誰も文句は言わないので助かる。
前頭側頭型認知症の母親/霧島れいかの面倒をみながら暮らしている兄弟磯村勇斗と福山翔大。冒頭から霧島れいかのただならぬ有様に生理的嫌悪感をもよおす。画面から漂ってくるわけではないが、彼女によって乱された家屋の惨状がわたしの記憶にあるあの嫌なにおいを思い起こさせる。まだ若いふたりの兄弟にとってこの生活はあまりにつらい。
磯村勇斗は昼は作業員として働き、夜はカラオケスナックを開く。そのカラオケスナックは両親が開いたものであることが追々観客に知らされる。登場人物の背景がとぎれとぎれに挿入されているので、目で追う観客は意味不明のショットを唐突に被せられると、また、迷い道に踏み込んでしまう。父親/豊原功補は元警察官で、誤認逮捕が問題となり失職したようで(妻/霧島れいかがその記事をスクラップしていて観客はそれを見せられてそう思う、のだけれど、なんだかなあ)、その後、カラオケスナックを開業する。その初めての日のしあわせな4人家族を写し出したかと思うと、残額ゼロの預金通帳に、退職金は?!障害年金は?!と怒り狂う霧島れいかが豊原功補を詰るシーンを交錯させる。揚げ句の果てに豊原功補は店内で拳銃自殺(多分)。血だらけの床から血塗れの薬莢を拾い上げるこども。
母親の介護をしながら、父親の借金を返済しつつカラオケスナックを維持する兄弟。弟/福山翔大はもうその限界を超えていることを知っていて、自身のトレーニングに余念がない。減量とか言っていたのでボクサーなのかと思っていたら、ランニングしながらシャドウボクシングに併せてキックを交えていたので、キックボクシングなんだと修正した。世界タイトル挑戦するための減量であることがジムの会長とのやり取りで徐々に分かってくる。ことほどさように登場人物の背景は分かり難い。
磯村勇斗には恋人岸井ゆきのがいる。看護師で、磯村勇斗の家に頻繁に訪れて家事などもしている。夜勤明けで朝食を作ったり、磯村勇斗の性の処理なんかもしてくれる。愛しているんだろうけど、愛されているとも思えない。生きながら死んでいるようなそんな男に寄り添っている意味を読み取れない。本作での岸井ゆきのの存在意義はそれ以上でもそれ以下でもない。都合のいい女にしか見えぬ。そのうちに離れていくぞ、そう友人に言われて、そうかもしれない、と磯村勇斗もそれは理解している。
霧島れいかは徘徊を繰り返し、スーパーで万引き、近隣の住宅の菜園を荒らす、家にあっては冷蔵庫戸棚から物を引きだしゴチャゴチャ。磯村勇斗はあらかじめスーパーに代金を支払い、菜園の主には土下座で詫びる。繰り返される霧島れいかの所業に、そういうことじゃないんだ!そう菜園の主は憤る。まさしく限界を超えていて、公的援助があってもおかしくない状況なのに、どうしたことだろうか。民生委員との関わりを拒否しているのだろうか。でもこれほどまでに近隣に迷惑をかけていれば、、、、とは思うのだが、彼の気持ちも分かる。自分の意識のある間は誰をも頼りたくない。そんな人はこの世界に沢山いることを知っている。そして彼らは死んでしまう。
何が彼を殺したのか―
さて、神奈川県警ですよ。脚本監督の内山拓也は恨みでもあるのだろうか。或いは知り合いが神奈川県警の横柄で理不尽な対応をされたのだろうか。警官は、これぞと思うと後ろ手に組んでにじり寄ってくる。慇懃無礼なもの言いで時間を消費させる。相手がイラつくのを待っている。相手がイラついたらしめたものだ。警官の勝ち。権力だし、拳銃持ってるし、伊達に一日中道場で投げられているわけじゃない。道場で頭の中をどうにかしちゃっているわけだ。夜間、職務質問を受けている青年を見かける磯村勇斗。どうやら青年は拒否しているようだ。任意ですよね。拒否します。何故ですか。何か隠したいことでもあるんじゃないですか。じゃあ、応じてください。警官のやり口に憤ったのか磯村優斗が助け舟を出そうとすると、あなたはこの人の知り合いですか、わざわざ戻って来るなんて不自然ですよね。警官も訓練されている台詞を口にして磯村優斗を巻き込んでいく。この警官ふたり/滝藤賢一、東龍之介が憎々しい。磯村勇斗の死因に納得のいかない友人染谷将太と東龍之介の暖簾に腕押し、糠に釘の様なやり取りはこの作品の核心である気がする。
終盤は、当然に神奈川県警のふざけた態度が断罪されるのかと思っていたんだけど、福山翔大のタイトル戦が重なり(リングは金網で囲まれていて薄いグローブを嵌めただけのなんでもありの格闘だった)、何事も解決しないままに過ぎ去って行く。リングの中では殴り合い蹴り合い締め合い絡み合いが続く。これが兄の死の投影なのか、はたまた生きるとはそういうことなのか。
磯村勇斗の頭を拳銃で撃ち抜くショットは、彼自身の絶望のイリュージョンとして受け入れられるけれど、滝藤賢一の後頭部を拳銃で撃ち抜くイリュージョンは誰のものだろうか。内山拓也のもの?まさか、観客の、っていうわけじゃあないよね。観客の意識は、そういうことじゃないんだ!!