耶馬英彦

リンダはチキンがたべたい!の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

4.0
 本作品は、作画もVFXも日本のアニメに比ぶべくもないが、独特な表情があり、そこはかとない味がある。目指す方向性がまったく異なるのだ。本作品には説教がましさも、妙にこねくり回した理屈もない。ひたすらリアリズムがあるのみだ。
 舞台は、おそらく現代の、フランス郊外の小さな町だ。中でも貧しい人々が住む集合住宅が中心となっている。そこで暮らす名もなき市井の人々の、名もなき一日をさりげなく描いているだけなのだが、典型的なシーンがたくさんあって、様々に考えさせられる。

 愛しい夫と大好きな父親を亡くした母親と娘。親の権利と義務。子供の人権にどこまで踏み込んでいいのか。ひとりで子育てをする母親には、娘との距離感がわからない。子供は日々成長するから、距離感も変化しなければならないのだが、忙しさにかまけて、対応ができないままだ。
 本作品はミュージカル仕立てみたいなところがあって、アイロニカルな歌が挿入される。小さな子供は夜中じゅう泣いて、親を寝かせてくれないが、成長して静かに眠るようになった頃には、親は歳を取ってあまり眠れない、という意味の歌には、とても感心した。

 親も大変だが、子供も大変だ。子供なりに親や教師や友だちに気を遣う。子供のコミュニティは大人のそれと大差ない。素直な願望がある一方で、駆け引きも使う。大人にしかできないことをやってほしければ、それなりの作戦を立てなければならない。泣いてみせ、拗ねてみせ、喜んでみせる。励ましの言葉をかけ、尻を叩く。リンダはいい子だ。

 権力とは何か。市民の安全を守るのが目的なのか、悪い奴らを取り締まるのが使命なのか。間違って善人を取り締まることは、往々にしてある。警察官も人間だ。間違わないとは限らない。一方で警察官は職業だから、生活のために必死で働く。制服を脱げば、ただの人だ。手錠の鍵のエピソードはケッサクだった。

 リアリズムに徹して人間を描くと、本作品のようなドタバタ喜劇になることはよくある。映画は何も解釈しないし、答えも出さない。テーマも考察も、観客に委ねられる。アニメの多義的な表情が、いかような解釈も可能にするから、割り切れなさが残るが、そこがいい。割り切れないままに記憶の中にしまっておくことで、人生観や世界観が自然と深まる。いい作品だった。
耶馬英彦

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