ヨーク

ゴンドラのヨークのレビュー・感想・評価

ゴンドラ(2023年製作の映画)
3.9
取り敢えず率直な映画の感想としては面白かったです。
本作『ゴンドラ』は9~10月に通っていたジョージア映画祭での予告編で存在を知ったのだが、この『ゴンドラ』自体もジョージア映画だということなので当時ジョージア映画に浸りまくっていた俺としては「よし! これも観よう!!」とまんまと広告戦略にやられたというわけである。ただ本作に関しては単にジョージア繫がりで興味が惹かれたというだけではなく、予告編でもそう言われていたと思うがセリフなしのサイレント映画であるということが告知されていて、それに結構惹かれたというところはありましたね。
だってセリフなしのサイレントとか劇中の1シーンの演出とかならともかく全編にわたってというのは今日びアート系の映画以外で中々ないじゃないですか。まぁこの感想文を書いている時点で同じくサイレントの『ロボット・ドリームズ』も公開されていて俺もすでに観ているんだけど、まぁそこはたまたまサイレントものが被ったなということでひとつ…。まぁでもこの『ゴンドラ』も『ロボット・ドリームズ』もセリフなしの映画ではあるがそこまでアート系の映画というわけではなくて普通に楽しめる娯楽映画なんですよね。まぁ『ゴンドラ』も『ロボット・ドリームズ』もミニシアターで映画好きが観る程度で大ヒットするようなタイプの作品ではないものの、全然堅苦しいような映画ではないんですよ。個人的にはそういうところが良かったですね。
お話は『ゴンドラ』というタイトルにあるようにジョージアの田舎にあるロープウェイを繋ぐゴンドラが舞台。主人公は欠員が出たため新しくゴンドラのアテンダントになった女性で同僚女性と二人ゴンドラで運賃と接客をする仕事に就く。ロープウェイの責任者的な上司の男は嫌な奴であるものの同僚とは気が合いすぐに打ち解けるが、仲良くなったと思った同僚の彼女が飛行機の客室乗務員になるのが夢だということが分かり…というお話です。
ストーリー的には同僚女性二人のお仕事友情ものという感じだろうか。ちなみにセリフがないので詳しいところは分からないが、二人はいわゆる友情というだけでなく同性愛描写もあるし普通にベッドインもしている。なのでそういう意味では百合恋愛モノと言ってもいいとは思うが、ぶっちゃけ本作に於いてはその辺のストーリーというのはほぼどうでもいい、と俺は思う。
じゃあ本作は何が重要なのかというとメイン二人のゴンドラ乗務員の日常のお仕事の姿ですよ。ロープウェイだから当然なのだが、行きと帰りの二本の線があり彼女らを乗せたゴンドラは大体真ん中ですれ違うわけだ。そこでお互いを敬礼したり、休憩所がある(恐らく上方の)乗り場の方にチェス盤を置いてお互いに一手ずつ指して行ったりするんですね。一手指した後、ゴンドラに乗って往復してくる間に(相手の次の一手はどうだろうか、もしここに来たらこうしてあそこを攻められたら…)とか考えながらチェスを介したコミュニケーションをしているわけですね。あとすれ違いざまに果物でキャッチボールしたりもする。ま、そのくらいのことは実に微笑ましい。
でも二人のゴンドラ上でのコミュニケーションはどんどんエスカレートしていき、片方が「ニューヨーク行き」という看板を掲げてゴンドラに紙製の飛行機の翼を付けたら、もう一人はそのアンサーとして「サンフランシスコ行き」で船の飾りをゴンドラに付けたりし出すのである。それがどんどん加速していき上司のおっさんが怒る、というのが大体本作の流れである。しまいにはゴンドラに細工するために溶接とか始めるからね。もうその辺まで行くとどれだけ鈍感な観客でも感付くとは思うが、本作は田舎のロープウェイを舞台にしたヒューマンドラマとかではなくてロープウェイのゴンドラという舞台装置を使った寓話なんですよね。
どういう寓話かって言うともうそれは一言で言ってしまうと日常をどう生きるかという寓話ですよ。本作の舞台であるロープウェイってのは電車よりも遥かに短い距離を行ったり来たりするだけで、最初こそ素晴らしい景色に目を奪われるかもしれないけどそんなのすぐ慣れるよっていう舞台なんですよ。それが示すのは多くの人がそうであるように職場と自宅の往復だけで消費されていく人生、というものだと俺は思った。
要はね、人生って基本的につまんないから主体的に楽しまないと同じことの繰り返しばかりになっちゃうよ、という映画なんですよ。つまり作中で二人がやってることっていうのは寓話として極端な形で退屈な日常に対するレジスタンスとして描かれているわけですね。同じところを繰り返しているだけの退屈な毎日でも向き合い方でそれは変わるよっていうことです。そういう寓意をメインとした作品っていうのは説教臭くなることが往々にしてあるけど本作はバカっぽくて、そこも良かったです。
本作をクソ真面目に真正面から観たら、お前ら職場で何しとんねん、の連続だが同じ場所を往復する日常の寓話なのだと思えば日々の中での生き方をさまざまに解釈できるという豊かな物語になる仕掛けがちゃんと機能してるわけですね。ちゃんと遊べよお前らという映画ですよ。仕事は大事だけどそれだけだと人生つまんないよっていう。ま、寓話だということは分かりつつもふと我に返ると主人公二人が自由過ぎるのでちょっと上司のおっさんが気の毒だな…と思うところもあるが、まぁそこはそういうギャグだということで。両津が作中でめちゃくちゃやるのを不謹慎でけしからんとか言うのも野暮だしね。そういう映画だと思いましたね。
あと本作に込められた寓意の中にあったものとしては、予想以上に強烈な反骨心を秘めた作品だったのは意外で面白かったです。上司のおっさんを国家的な権力として観ると、あぁジョージア映画だもんな、と納得してしまうところはあります。イオセリアーニからジョージア映画を本格的に観るようになったけどやっぱユーモアと反骨の映画が多いですね。『ゴンドラ』もそういうテイスト満載で面白かったです。
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