この『オールド・フォックス』は結構いい映画だったと思うのだがそこまで高評価にできない理由があって、それがなぜかというと結構がっつり寝てしまったからなんですよね。大体俺はどんな映画でも寝る人で、直近だと『Iké Boys イケボーイズ』でも『HOW TO BLOW UP』でも『男女残酷物語/サソリ決戦』でも『わたくしどもは。』でも、もう全部寝てる。ただまぁ寝るとは言ってもせいぜいが5分ていど、長くても10分ほどウトウトするくらいなので大抵の場合はお話が分からなくなるほどではないんですよね。せいぜい1シーン飛ばしたとかさっきのセリフ聞きそびれたとかその程度。でも今回は結構がっつり、中盤辺りに多分30~40分くらいは寝てしまったのでこれはどう考えても重要なシーンをかなり観逃しているだろうと思われる。というかまぁ3分の1くらいは観ていないわけだから高評価にしろ低評価にしろできないよなぁ、というところなんですよ。だからまぁスコアは俺の中では平均くらいであろう3.8ということにしておく。ちゃんと観直せばもっと高くなるかもしれないし逆に低くなるかもしれないって感じです。
ただまぁ、最初に書いたようにこれはいい映画だったと思うよ。根拠としては俺がすやすや寝てしまったのは本作の劇中の多くのシーンで雨が降っていたのだが、その雨音が心地良すぎたんですよね。雨音が心地よい映画とかそれだけでいい映画確定でしょ。あと自転車の二人乗りのシーンがあったから。自転車二人乗りのシーンがあるとかそんなのそれだけで名作と言っても過言ではないので、これはいい映画ですよ。もうね、その断片だけでも分かっちゃうの。あと本作はガキが主役の映画だけどそのガキがあんまりかわいくなくてむしろ若干憎たらしいまである感じなのもいい。これは中々に名作の条件を兼ね揃えているのではないだろうか。
とはいえそれだけでいい映画でしたと感想文を終えてしまうのも何なので軽くあらすじを説明すると、時は経済成長著しい1989年の台湾が舞台。多分台北の外れぐらいが舞台と思われるが、そこで人が好いだけが取り柄で貧乏な父親と11歳の息子(母親は死別)が主役なんだけど、彼らはマイホームを手に入れることを夢見ているんですよ。んで彼らが住んでいる一帯は腹黒いキツネと呼ばれる地主が仕切っているんだけどその地主が息子のことを気に入り、彼に接近して帝王学というほどのものではないけどキツネ自身の人生哲学を教え込んでいく。ただそれは人の好い父親が息子に言うこととは真逆で他人なんて踏み台に過ぎないというシビアな価値観だった。念願のマイホームを手に入れるためには他人のことなど考えていられないのだと現実を叩きこまれる息子がどのように成長していくのか…という感じのお話ですね。
ま、ルール無用の資本主義経済の中で勝った負けた儲けた損したが世界の全てなのか、それとも勝ち負けや損得とは別の大切なものがあるのかという、実に普遍的で分かりやすいことがテーマのお話ですな。台湾の映画なのでどうしても古くからの中国的な価値観としての儒教の影響は無視できないだろうが、仁や礼といった一見合理的ではないものが実は経済合理性のようなものよりも社会を回すために重要なのだという感じになっていくわけです。ま、資本主義のシステムの中で上昇志向を強く持って生きてくのはいいけど我欲だけを追い求めても幸福にはなれんよ、という感じですな。よくある感じの展開だが、それ故に普遍性があるお話だとも言える。
多分タイトルにもなっている裏の主人公とも言えるキツネは大日本帝国が統治していた時代の台湾で生まれて、10代後半とか20代前半くらいの独り立ちする年齢のタイミングで日本の敗戦があってその混乱の中で生きていくためには手段を選べない人だったと思うんですよ。それは自分のためなら他人を蹴落とすことが当然だと思ってるわけではなくて、そうしなければ生きていけないという経験があって、老人となった今自分の経験則としてのそれを否定できないようになってしまったんだと思うんですよね。だから自分と似たような境遇になった子供に対しても、俺はそういう風に選択の余地がない生き方しかできなかったんだからお前もそういう風に生きろ、と迫るわけだ。
でも本当に別の生き方はできなかったのかな? 時代のせいとかはあるかもしんないけどどんな時代でも自分の生き方を少しくらいは選べるんじゃないかな? ということが祖父と孫くらいに離れた世代の二人とその間のお人好しな父親の姿を通じて語られるわけですね。そこにいい感じに郷愁を煽られる風景と小道具と演出が物語によくマッチしていた映画でした。そこら辺は台湾とか行ったことない俺でも不思議と郷愁を感じる雰囲気で、世界的に20世紀後半のグローバリゼーション(経済的にも情報的にも)の時代が訪れる直前の世界に対する懐かしさというものが描かれていたのかもしれないですね。その辺の雰囲気は凄く良かったな。そしてその辺の清濁を併せ持つ感じになるオチも良かった。
個人的には悪キツネと言われるジジイの普段の悪どい仕事っぷりをもっと観たかった気もするが、まぁそこは俺が寝てただけという可能性は大いにあるのでノーコメントにしておこう。ジジイは感情的になったときに思わず日本語が出てしまう感じとかも良かったですねぇ。どう考えても(俺が観ていた範囲では)善人とは言い難いジジイなんだが、なんか憎めないところもあるんだよ。
結構寝たから断片的なことしか言えないと最初に書いたが、映画そのものがタイトルにもなってる古狐の人生の断片を拾っていくような感じになっていて、その構成と古狐を善人とも悪人とも描かないその辺のバランス感が良かったですね。面白かった。