花俟良王

あんのことの花俟良王のレビュー・感想・評価

あんのこと(2023年製作の映画)
4.5
辛い。なぜこのような映画を見なければいけないのか、とも思う。それでも目が離せなかった。

河合優実は社会の理不尽に潰されそうな人生を体現し、佐藤二朗は面目躍如の圧倒的な説得力、そして中盤まで気が付かなかった河井青葉の吹っ切れた毒親演技に驚かされる。しかし正直このままでは息が詰まる、と思ったところでフラットな稲垣吾郎が投入されギリギリのバランスが構築される。うまいなと思った。作品世界に没頭させる美術、撮影チームの功績も大きいと思う。

入江悠監督はコロナ禍に、あえてインディーで「シュシュシュの娘」を撮り、社会とこの国を告発した。作品も痛快だったし、何より観客と監督本人のガス抜きになっていたはず。しかし、メジャーな本作でここまで徹底的にやるのは凄い。さらに言えばこれを撮らせたキノフィルムズも褒められるべき。

劇中の佐藤二朗が言うように私たちの生活は積み重ねである。しかしそこには不特定多数の要素が絡み合う。決してある側面だけでは語ることはできない。映画の内容はその真理を残酷に描く。娯楽ではないかもしれないが、映画は社会を告発する武器になり得る。シネフィルの入江悠はその有効さを身を持って知っているのだろう。

更にいうと映画の作り自体もいくつもの側面を持ち絡み合う。子供を巡るエピソードの突然の挿入は歪ともとれる転調だ。しかし、それこそが人生の理不尽であると納得させる力がある。

『あんのこと』は、社会派映画サイドの入江悠の集大成ではなかろうか。
花俟良王

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