HAYATO

あんのことのHAYATOのレビュー・感想・評価

あんのこと(2023年製作の映画)
4.0
2024年317本目
ようやく手にしたものが…
2020年に新聞の小さな三面記事に掲載された、ある少女の壮絶な人生をつづった記事に着想を得て制作された人間ドラマ
『22年目の告白 私が殺人犯です』の入江悠監督が『愛なのに』の河合優実を主演に迎え、売春で金を稼ぎ、ドラッグに明け暮れる荒んだ毎日を送っていた少女が、人情味あふれる刑事や更生施設を取材する記者といった人々に出会い、生きる希望を見出していくも、やり直そうとしたその人生を新型コロナウィルスの流行によって阻まれる姿を描く。
ある日、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた杏は、多々羅という変わった刑事と出会う。大人を信用したことのない杏だが、なんの見返りも求めず就職を支援し、ありのままを受け入れてくれる多々羅に次第に心を開いていく。多々羅と、多々羅が支援する薬物更生者の自助グループを取材する記者・桐野の手を借りた杏は、家を離れ、自立した生活を送ろうと奮闘するが、ちょうどその頃、新型コロナウイルスが出現。杏がやっと手にした居場所や人とのつながりは、あっという間に失われてしまう。行く手を閉ざされ、孤立して苦しむ杏。そんなある朝、身を寄せていたシェルターに住むシングルマザーの女から、思いがけない頼みごとを受け・・・。
制作陣には、第75回カンヌ国際映画祭で「カメラドール特別表彰」を受賞した話題作『PLAN 75』のスタッフが集結。杏を救おうとする型破りな刑事・多々羅を佐藤二朗、正義感と友情に揺れるジャーナリスト・桐野を稲垣吾郎が演じたほか、『偶像と想像』の河合青葉、『悪人』の広岡由里子、『シン・ウルトラマン』の早見あかりらが出演した。
主人公・杏は幼い頃から母親に虐待され、小学4年生から不登校になり、12歳で売春に手を染めるなど、社会からも家庭からも支えを得られない厳しい環境で育つ。杏を苦しめるのは、逃れることのできない「家族」という存在であり、暴力的な母親に対して反発しつつも、その支配から逃れることができない葛藤が本作の核にある。それは、家庭環境がどれほど個人の人生に影響を与えるかを強調し、母親との関係性は、杏がどのように社会から孤立し、自己破壊的な行動に走るのかを描く上で重要な役割を果たすと同時に、杏の過ちは果たして彼女だけの責任なのか、それとも周囲の大人たちや社会全体が彼女をその道に追い込んだのかという問いを投げかけている。
杏が出会う刑事・多々羅とジャーナリスト・桐野は、彼女にとって初めて「助けを求められる存在」として描かれる。多々羅の人情味あふれる存在感と、桐野の正義感に揺れる姿勢は、杏にとって希望の象徴であるが、その一方で多々羅や桐野もまた、善悪の絶対的な基準を持たないことが示されている。彼らの人間的な弱さが丁寧に描かれており、彼ら自身もまた社会の中で迷い、苦しむ存在であることが明らかにされる点において、本作は彼らの「救済者」としての側面を絶対視せず、人間性に深く迫っている。
本作が描く売春、薬物中毒、虐待といった社会問題は、いまだ現実の世界で多くの人々を苦しめている問題である。本作は、これらの問題を単なる「社会派ドラマ」の素材として消費するのではなく、その背景にある社会構造の歪みや、弱者が追い詰められる現実を直視している。また、実際に起きた事件に基づいて物語を作ることは、遺族や関係者にとってセンシティブな問題であり、その扱い方にはリスクを伴うが、本作はそのリスクを認識した上で、登場人物や事件に対する深い敬意を込めた作品であり、「杏」というキャラクターを単なるフィクションではなく、実在した人々の象徴として描いている。
杏は、多々羅や桐野の助けを借りながら、新しい人生への一歩を踏み出そうとするが、本作はその道が決して簡単なものでないことを冷静に描写している。それでも、人と人との繋がりが、どんなに過酷な状況にも光を差し込む可能性を持っているという微かな希望を感じ取ることができる作品だった。
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