富樫鉄火

英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2023/24 ロイヤル・バレエ 「マノン」の富樫鉄火のレビュー・感想・評価

4.0
#42
(以下は、ブログhttp://togashitecca.blog.fc2.com/blog-entry-320.html からの一部抜粋です)

この《マノン》は、マスネのオペラがあるのに、それを使わず、マスネのほかの楽曲で、おなじ原作小説をバレエ化したところが、ユニークだ。いわば、ボーマルシェの戯曲『フィガロの結婚』を、モーツァルトの有名なオペラは使わず、彼のピアノ協奏曲や交響曲などだけで、新作バレエ《フィガロの結婚》にしたようなものなのである。

だが(ここから先は憶測だが)、おそらく、マクミランには、「マスネ作曲」と銘打つことで、マスネ版オペラのファンをも引き込みたいとの、よい意味での“商売っ気”もあったのではないか。

現に、1990年、このバレエ《マノン》が、パリ・オペラ座で上演される際、マスネの子孫から訴訟を起こされている。「従来のオペラ・ファンが誤解するではないか」と。そこで、フランスで上演される際は、タイトルを《Manon》から《L'Histoire de Manon》(マノンの物語)と改題することになっている。

今回の映像は、2月7日上演の収録。マノン役は、ボリショイなどのロシア・バレエ界から移籍したナターリヤ・オシポワ。デ・グリュー役はリース・クラーク。2人が最果てのアメリカの荒野で行き詰まり、マノンが野垂れ死にするラストは、万人の涙をさそう(ちなみに、この2人は、昨夏のロイヤル・バレエ来日公演《ロミオとジュリエット》でも共演していた。そのときの指揮が、今回の映像でも的確なタクトを振っている、クーン・ケッセルズである)。

せっかく名作オペラがあるのに、それをまったく使わず、別の既成曲だけで原作精神をバレエで見事に表現する——ケネス・マクミランとは、やはり、たいへんな振付家、かつ“選曲家”だったと思う。今回の映像《マノン》は、そのことが十二分にわかる、いわば“マクミラン入門”編ともいえる名作バレエである。
富樫鉄火

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