排路

かづゑ的の排路のレビュー・感想・評価

かづゑ的(2023年製作の映画)
-
90歳なのに自分には皺がないのは皮膚移植の手術のためで、皺がうらやましいと!かづゑさんが話しているのに、拍子抜けした。

障害者の経験や人生を弱さゆえの偉大さみたいな論理で美化しがちな健常者の視点が暗示されてると同時に、往々にしてわれわれ由来の重さや苦労とかづゑさんに固有の、軽いようにも見える受容が、本質的に相容れない、そのすれ違いが本作では可笑しく表現されていたと思う。

かづゑさんの顔に皺がないことは苦労の経験をしてこなかったことの現れとも見えるが、この作品を見てそんなこと考えるひとは誰もいないと思う。そして、かづゑさん自身が皺を羨ましがることは、自分がしてきた経験を健常者の物語から取り戻すことのようで、でもそれは不可能(90にもなれば人はみな皺だらけみたいなことじゃないし、そもそも社会から独立した純粋な経験なんてないし、かづゑさんが人生のほぼすべてをそこで暮らす愛生園そのものが、純粋どころか、一つの島で人生を完結させようとするフィクションの構築物)だし、本人はそれを望んでいないのもしれない。安易に感動する健常者の側から二次的に押し付けられ、そうでなくても、人間の耐えうる限界を超えた苛酷さがあるはずである経験の総体が明らかにならない。(かづゑさんが入浴するシーンから意気揚々と始まった本作はかづゑさんと作り手双方の初心が崩れながら進む。)
かづゑさんの顔に皺がなく、かづゑさんが皺を羨ましがることは、元ハンセン病患者でハンセン病回復者であるかづゑさんにとっても、感動したり理解を示したりする私たちにとっても永遠に他者であるような、かづゑさんを現している。

だから観客は誰も泣くべきではない。
排路

排路