フレーム内に人の出入りがないのが新鮮だった。俳優の歯もモンタージュの構成要素になり、映画に先立つ現実はないと想定されているみたい。ソ連的な人物をモデルとすることと必然的にステレオタイプになること。
いままでヴィコンティは生理的にムリだったけど、この遺作はすごすぎてずっとどきどきした。過剰なクロースアップも目が赤いのも幕引きも全て美しすぎる!
ジュデックスと同じような感動があった。ありえない照明の当たり方でほんとデタラメだし、みんな思ってること喋りすぎだし、屋根の上あれこれいう闇太郎なんて、お子ちゃまな映画だなーどおもうんだけど、長谷川一夫>>続きを読む
初めての出町座で半券無くして再発行してもらった。うちのチケット小さいですからねーと言われてすみませんしか出てこなかった。
映画は良かった。サスペンスになるような逃避行のシークエンスに草とか木々を前景に>>続きを読む
90歳なのに自分には皺がないのは皮膚移植の手術のためで、皺がうらやましいと!かづゑさんが話しているのに、拍子抜けした。
障害者の経験や人生を弱さゆえの偉大さみたいな論理で美化しがちな健常者の視点が暗>>続きを読む
映画を見続けたいと思う理由が凝縮されてた。映画と現実があまりにも違いすぎて、願わくばこんな関係がわたしの世界にも広がればと思うけど、彼らのようにちょっと物の見方を変えるだけで、贈る行為が意味することが>>続きを読む
戦争とか現実とかの距離やバランスのとり方が、いかにもユーロスペースが配給しそうなカルチャーって感じのアピールの定型で、興醒めした。これでは遠い国で起きてる戦争とか厳しい現実に向き合うことができないでい>>続きを読む
わたしの靴下が破れてても渡辺さんの足は寒くないでしょ?ってセリフは良かったけど、この類の映画には全く心を揺さぶられない。
ただ商品として消費するだけなら、あの酔っ払った職員たちみたいに、これからの人>>続きを読む
死体と知らされていない死体なめの佐々木の家のショットと嵐山のシーンの始めと終わりがすごいよかった。特に法事の会場からみた桂川沿の司葉子と原節子がいる方を映したエスタブリッシングショットは非人称的だけど>>続きを読む
久しぶりに映画みれた。西島秀俊に安心感があって良かった。しかし狂ってる表現はちょっとくどかった。
たまたまテレビみたらやってたから、最後までみざるをえなかったけど、2020年代のアメリカの映画あんまりみたことなかったから、良い経験になった。基本的に善意で「助けてあげる」側の視点で、双方向になる可能>>続きを読む
作品名に主人公の名前を冠するのにふさわしく、すっごい良かった。明らかにセットで撮影されたボルチモアの実家の映像など、技術的に拙いやり方で彼女のことを語ろうとしても、マーニーという人物に近づくことなんて>>続きを読む
コートの裾を頬に触れさせる、下着を見る、薄い生地の下着?で手が透ける、窓の外を見て自殺を勧める流れが面白かった
あれだけの共犯関係を明示しておいて、2人のいろんな面での非対称が最後まで保たれる構造が面白い。透明のフレームのメガネが殺意のトリガーになるのも面白い。病院送り言説も面白い。
シネトランスでも自由間接でもなく、話させるというかそれぞれの立場にいる人の話す場を確保するような作家だと思った。それでいて、時間に耐えきれないポストモダンな映像の中に運動に賭けられた映画的な一瞬を見出>>続きを読む
こういう題材にありがちな露出狂趣味とか教養の目的とかが一切感じられないし、雪の降る日に毛を削がれた豚の体が真っ白で、白黒映画だから血は真っ黒で、熱湯と豚の体内のあたたかさからでた湯気の白が美しく、解体>>続きを読む
豚と併せて、最高だった。ユスターシュに近づけた気分。ルーシュのべったりな視点とアントニオーニの自由間接的視点とも違う、離れていて、美しい評言的視点。なんと言ったらいいんだろう。
わたしは結構身体偏重の保育園生活で、10キロハイクや滑り台の下に毛虫を集めて、触らないようにギリギリでとまる遊びとかやってた。作品としては、ぼくたちの哲学教室と同じくカリスマ指導者の魅力一辺倒で、作者>>続きを読む
おばあちゃんのマシンガントーク、眠くならなかったけど、半分以上は話聞けず、灰皿を回して、テーブルクロスのゴミを手で払うのを追うのが楽しかった。カメラマンに姿勢直してと言われてと自然にあの姿勢に戻ってそ>>続きを読む
やっとみれた!三日目に預かってた赤ちゃんを返すところに感動した。
黒に作者のわかってたまるかの野心が現れてた。今日はユスターシュとアケルマンを見れた
全くもって襟を正してみる必要がないと思ちゃうことすら、なんかこの映画を文化のうちに閉じ込めることになってしまうのではないかと…。でも、デパートにいくときのルンルンな気持ちと、演者になってしまう観客性が>>続きを読む
これもあまりにも適当すぎる。歴史の一部として受容することすら、バカバカしくなるくらい。たぶんこれでいい。
適当すぎ、ゴダールの未使用素材を繋いで、ナレーションをつけて、一本の映画になってしまうこと。less seriousのお手本だった。どうして、サンタの格好したら女性の肩だけでなく、腰付近にも手を回せる>>続きを読む
労働者の町にあって、残念なことにインテリの空言の印象がいなめない。