ニャーすけ

成功したオタクのニャーすけのネタバレレビュー・内容・結末

成功したオタク(2021年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

映画ファンも決して他人事ではない、“推し活”が孕む危険性を炙り出す、非常に優れた問題意識による必見のドキュメンタリー。

例えば自分はそもそも園子温の映画はどれもゴミ以下としか思っていなかったので、例の性加害が告発されたときも(とっとと死ねクズ)という感想しか抱かなかったが、『極悪女王』撮影時の俳優のスタントに対する安全性の軽視や、それに関する説明責任を放棄し沈黙を貫いた白石和彌には大きく失望し、それまで好きだった彼の監督作への興味もほとんど失われてしまった。中には「作り手の人間性と作品の評価を混同すべきではない」と知った顔で宣う手合いも多いが、本来人を楽しませるための芸術や娯楽が、弱者への暴力や搾取の上で成り立っているのだとすれば、(もちろん、あらゆる表現活動には他害の可能性があることは前提として)果たしてそんな表現に価値はあるのだろうか?
本作に登場するオタク女性たちは、推しの隠されたミソジニーに幻滅する人、「死ねばいい」と憤る人、犯行自体は許せないがどうしても嫌いになれないと思い悩む人など反応は様々だが、皆結果としてろくでもない人間を増長させてしまった自分自身、つまり誰かの“ペン”でいることそのものの加害性に自覚的なのは共通しており、それはとても誠実なことだと感心する。K-POPスターの性犯罪とはまた少し事情が異なるが、条件反射で告発者を金目当てと決めつけ無邪気に松本人志の復帰を心待ちにするお笑いファンや、ジャニー喜多川の犯した児童性的虐待への社会的追及を「自分の推しとは無関係だから迷惑」と平気でほざくジャニオタなどのメンタリティと比べると、同じ日本人として恥ずかしくなってくる。

考えれば考えるほどうんざりしてくる厳しく重たいテーマを掲げながら、本作は意外なほど軽妙で観やすい。それはひとえに、絵に描いたようなボンクラ女子であるオ・セヨン監督のチャーミングなキャラクターによるものだ。彼女のルックスも含め、個人的には『私ときどきレッサーパンダ』の主人公・メイを彷彿してしまった。
本作の白眉は、セヨン監督が「推しの社会的有害性をまったく意に介さず、ひたすら純粋に応援をし続けるオタ」の象徴として撮影した、パク・クネ元大統領支持者による大規模な集会での一幕。もうテンションが明らかに末期のおっさんに「お嬢さん! 私たちはクネ閣下が獄中で心が折れてしまわないように何通も何通も手紙も書いて送ってあげているんですよ! いや〜この集会に来てくれるなんてお嬢さんは素晴らしい愛国者だ! ささっ、あなたも書いて書いて!」とまくしたてられて、どうしても断りきれずにめちゃくちゃ気まずい表情でクネクネにメッセージを書いてしまうセヨンさんに爆笑。お笑いドキュメンタリー(と言うとガチで怒る人もいるだろうが)の最高傑作『アンヴィル!』にも匹敵する奇跡的な瞬間だった。
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