ジェイソン・ベイトマンと、
ディーン・ノリス、
オザークとブレイキング・バッドの人気キャストを起用、
という事は、
シナリオ、演出にも自信があるという事だろう。
一種の倒叙法を用いたストーリーテリングが特徴的な作品であり、
この技法を駆使するには高度な技術が要求される。
観客を引き込むためには非常に緻密な構成とテンポが必要だ。
しかし本作では、
この手法が非常に効果的に活用されている。
具体的に言うと、
特に、カット割りにおいてその技術が際立っている。
本作のリズム感は、
準備段階でスタッフやキャスト全員がコンテ(絵コンテ)を共有し、
リハーサルを重ねることで、
キャスト同士の立ち位置、間合い、
カメラとの位置、小道具の距離等、
築かれたものと推測される。
アクション繋ぎに関しては、
やや粗い部分も見受けられるが、
むしろ映像の「リアル感」を意図的に表現した結果であり、
その荒削りな部分が緊張感を生み出している。
撮影された中で最良のカットを選び抜いているであろうことが、
全体の完成度に大きな影響を与えていることは明白だ。
物語は単なる犯人探しの推理劇ではなく、
主人公と犯人が同時に動きながら進行するという新たな視点を提供する。
観客は犯人を知った上でその行動を追いながら、
次に何が起こるのかを予測し続けることになる。
このアプローチは、観客に思考を促しながらも、
次第に物語の展開に迫っていく過程で、
意外な展開が繰り広げられる必要がある、
映像の力で物語が解決に導かれる瞬間は、
視覚的にも精神的にも観客を引き込む要素となっている。
テログループの動機と
ノビチョクもタイムリーなアイテムだ。
ロス市警の刑事とPC班とのやりとりは、
多少間延びはするが、
その過程で、観客は常に自分の推理を見直し、
次に何が起きるのかを予測し続けることとなる、
それでも鑑賞後はわかりやすいアクション映画を観た感覚になる。
倒叙法という難易度の高い技法を、
映画の魅力を最大限に引き出す手段として見事に機能させている点において、
本作はその技術的な完成度の高さを証明していると言えるだろう。
倒叙法といえば、
「罪と罰」、「刑事コロンボ」
(コロンボの脚本家がドストエフスキーを参考にしたと記録もある)
「アクロイド殺人事件」同様の倒叙法作品は多数あり、
見事に失敗している作品も多いが、
本作は楽しめた。
だが、
首タトゥーの男がボヤッキーにそっくりだったのが気になった、
すこしうれしい・・・
撮影が終了した美術セットはどんどん解体、
リースのプロップ、小道具は返却していく、
無駄な予算を抑えるため、
そんな中、趣向を凝らしたEDロールは、
製作チームの作品への愛情だろう。