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労働者は工場を去って行く
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『労働者は工場を去って行く』に投稿された感想・評価

◯感想とか印象的なナレーションとか
映画論。映画『メトロポリス』で、労働者たちがシフト交代をするシーンとか。チャップリンも登場。
でも映画だけでなく、工場だけでもなく、労働者だけでもない。ギャングたちは盗んだ賃金を運び出す。男性を待つ女性。女性を待つ男性。

フセヴォロド・プドプキン監督『脱走者 原題∶DEZERTIR』(1933年)を観てみたい。
船に荷物を積み下ろしするピッカーが1人フラフラになっているのに、誰も助けない。そのピッカーが倒れたとき、誰も助けようとしない。警備員は倒れたピッカーを観察するだけ。失業者たちは空いたスペースを埋めようと工場の門の鉄格子に押し寄せる。栄養失調で貧困にあえぐ顔。どんな仕事でも引き受けざるを得ず名誉を保つことなどできない何百万もの人々を象徴している。職場を持たず、したがって労働社会に居場所のない男たちの顔からは、より静かな恐怖が伝わってくる。人々はまるで既に収容所に閉じ込められているかのように見える。(ナレーションより)

工場から労働者たちが去っていく時ほど、労働者の数を実感できる瞬間はない。

ゴミ捨て場。端的な仕事。低賃金で、しかも女性が担当している。出口には売春斡旋業者が待ち構えている。

労働者の中には、特に自身の名誉を気にしている者がいる。自らの名誉を重んじる労働者は、港でのストライキ中は一切仕事に手をつけない。

100年の映画の歴史の中で、工場よりも、刑務所や矯正施設を目にする機会の方が多い。

工場から人々が出てくる場面を100年分並べてみると、同じようなショットが何度も何度も撮影されていたことが想像できるだろう。まるで、初めて発した言葉の喜びを永遠に留めようと、100年間も自分の最初の言葉を繰り返し言う子供のようだ。あるいは、極東の画家たちが、完璧になるまで同じ絵を繰り返し描き、最終的に画家自身が絵の中に入り込むように。
映画をつかった批評としての面白さ"しか"ない。

リュミエールの『工場の出口』を原光景とし、ファロッキは工場=門を出る群衆という一つのモチーフで映画史を語ろうとする試み。

労働者のショットは個々の顔は匿名化され、人物は顔ではなく「群れる身体」として立ち現れる。門はある時間、人々をその内側に留めておく装置であり、牢獄もまた同じである。開閉するには門を動かす人間が必要で、それは時計と管理である。
リュミエールの「工場の出口」に始まり、工場の扉と労働者の関係を監獄と囚人に重ね合わせつつ、映画の中で描かれた工場と労働者、監獄と囚人の関係をこれまた数多の膨大な既成映像作品からコラージュする。
ソビエト映画の他、ラング「メトロポリス」で一定の速度で工事から出ていく労働者の姿やチャップリンが工場の前でヘマをして警官に石をぶつけたことがきっかけに監獄へ連行される場面、またはゴミ廃棄の工場帰りの女の労働者を描いた映像や、工場から出て男と待ち合わせする女の姿など、工場と監獄が性差を問わずして描かれる。
現代では労働者は制服を必ずしも着用するわけではなくなり、労働者と一般人の違いを見分けられなくなったが、ファロッキは労働者を個人として切り取らない。工場を監獄と例えるように、人間を資本/法律上逸脱しないように管理するその構造そのものを焦点としているように見える。