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ナミビアの砂漠のumisodachiのレビュー・感想・評価

ナミビアの砂漠(2024年製作の映画)
4.8


山中瑶子監督最新作。

脱毛サロンで働く21歳のカナは真面目な彼氏と同棲しつつ、他の男とも浮気するなど刹那的な日々を過ごしている。とあるきっかけにより同棲を解消して浮気相手に乗り換えたカナだったが、徐々に怒りを爆発させるようになり……。

スマホでボーっとナミビアの砂漠の定点映像を眺めながら、無為に生きているように見えるカナ。働いてはいるが将来のことを深く考えているようには見えないし、同棲中の彼氏には金銭的にも生活面でも依存している。それでいて悪びれずに浮気もしていて、挙句の果てには新しい彼氏に対して衝動的に暴力を働く。表面的に見れば、カナはかなり面倒なメンヘラ女だ。

しかし、本作は実に周到に表面からは窺い知れないカナの内面を炙り出していく。そして、カナの中には強烈な怒りがあるということが分かる。

カフェで友人の話を聞きながら、ノーパンしゃぶしゃぶの話題に興じる男性たちのトークに集中してしまう。心ここにあらずに見えたあのカナの表情の奥にあるのは、おそらく抑えるのがやっとなくらい激しい怒り。カナは、男女、貧富といった権力勾配に対して異様に敏感で、アンフェアな現実に対して無自覚にずっと怒っているのだと思う。

カナに対して忠実で真面目なホンダは、ゲーゲー吐いているカナにピルを飲ませる。新たな彼氏でカナに対して愛情をぶつけてきてくれるクリエイターのハヤシは、裕福な両親の元に生まれて今もフラフラしているのに不自由がなく、交友関係者は高学歴フレンズ。賢くて優しいが、カナが初参戦する家族BBQではカナの立場も考えずに「手土産はいらない」と簡単に言い、現場ではゲストのカナをほったらかし、おそらく元カノと思われる女まで紹介して最後にはハンモックで昼寝してしまう。さらに、「バイリンガルになることもできたけれど【敢えて】それを選択しなかった」という恵まれた生い立ちであることも明らかになる。選択肢を与えられることなく中国とのミックスとして生まれてきたカナとは対照的だ。

相手の身体的不調よりも避妊を優先する男。恵まれた特権的地位に生まれながらも、その自覚が欠如している男。ホンダもハヤシもカナの衝動の被害者ではあるが、彼らは無自覚にカナに対して権力を振りかざしていることに気づかない。カナは本能的にそれを感知して、常に怒りを抱えているのに。(ちなみに、カナの父親がかなりのクズだったことに怒りの根っこがあるらしいことも暗示される)

だから、カナは権力構造がひっくり返る瞬間に喜びを感じるのだろう。ホンダとの別れのきっかけが訪れ、カナが優位に立った時に見せた表情。自分の描いた絵をタトゥーにするハヤシの手を握っているときの目の輝き。中国語についてハヤシに尋ねられた時の満足気な笑み……そんな瞬間にゾクっとした。

カナは本作の中で成長する。BBQでハヤシとの絶対的な差を思い知ったカナは、怒りを抑えられなくなりハヤシに対して感情を爆発させるようになっていく。本来カナはモラリストというか、かなり崇高な価値観を保持しているタイプなのだと私は感じた。一見するとカナはめちゃくちゃだから矛盾しているようではあるが、彼女の中の「許せないポイント」はけっこう社会的な視点に基づくものなんだよね。そこが譲れないあまりに、表面上は極めて自己中心的に見えてしまうというか。

怒りの自制が効かなくなったカナは、自分の中の「~すべき」と自身の行動の乖離に混乱し、自ら心療内科の門を叩く。そして、優位に立つことではなく、共感してもらうことでも喜びを感じるのだということを学んだのではないかな(唐田えりのシーン)。

最初のカフェでの自殺した同級生についての会話からも、その後の彼女の他者への態度からも、基本的にカナは「他人のことなど理解できるわけがない」という諦念の元に生きてきたのではないかと思うから、共感が救いになるという発想自体がなかったんじゃないかと私は感じた。将来になんの展望も持てず、ただ生存している(ルームランナーの上をただ走るようにね)と自覚するZ世代の内なる激動。そして、その心の奥に灯り始めた仄かな光。カナの未来が健やかならんことを祈らずにはいられない。

全ての情報を説明することなく、少しずつ少しずつ開示していく構成がとにかく見事。そして、いわずもがなだがカナを演じる河合優実の身体性がずば抜けていて素晴らしい。ゴクゴクとペットボトルから水を飲んで、無防備にトイレにまたがり、自分を覆う衣服を脱ぎ棄てて、何度も街の中を疾走するカナという弾力性のある生き物。砂漠のオアシスに吸い寄せられるように他者はカナに引き付けられる。何も期待せず、何にも頑張らず、無為に生きている一見砂漠のようなカナの人生の奥には、ひたひたに水で溢れた命が、強烈な怒りを含みながら輝いているのだ。

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