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聖なるイチジクの種のゆけちゃすのレビュー・感想・評価

聖なるイチジクの種(2024年製作の映画)
5.0
監督モハマド・ラスロフには過去作でイラン政府を批判したとして不当な有罪判決が下っている。彼は命懸けでイランを脱出し、本作を世に問うた。

物語の前半はイランで2022年に起きた大規模な抗議デモを背景に、政府に従事する父親イマンと家族の関係を描いている。政府に敵対する人物を取り締まる役職のイマン。しかしイマンの預かり知らぬところで、家族は怪我を負ったデモ隊の学生を匿う。
イマンも当初は自らの職務に疑問を抱いている。自分の報告によって人が政治犯として裁かれるのだ。しかし、家族の幸福のため、仕事を放棄することはできない。
政府関係者とその家族であっても、けして自由気ままに暮らせるわけではない。それが恐怖政治だ。

物語の後半、イマンの拳銃がなくなってしまう。護身用として上司から渡された大切な銃だ。家中を探すが見つからない。やがてイマンの疑心は妻や娘たちへと向かう。
家族関係の修復を試みて、一家はイマンの故郷へと向かう。しかし、そこで露わになったのは、父親の本性だった。イマンは家族を疑い、家族はイマンから逃げる。それはまるで家父長制が最悪の形で具現化したような状況。または、政府が国民に強いている横暴を、家族単位に落とし込んだものと言えるだろう。

前半と後半でジャンルが変わったかのような印象を受ける本作。しかし、描かれているのはどちらも権力を持った者による暴力なのだ。
そしてラストカット、家族に強権を振るった父親さえも、もっと大きな権力に操られた弱い存在だったのだと映画は伝える。憎むべきは個人ではなく、権力構造なのだろう。
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