ジェームズ・マンゴールドの巧妙な演出が光る最高のアメリカ映画だった。小気味良い省略と、ステージ上で歌うボブ・ディランの表情とそれを見つめる人々の表情でドラマを生んでいく手腕が素晴らしい。終盤のエル・ファニングがティモシー・シャラメとモニカ・バルバロのデュエットを見つめ、無言でエル・ファニングが走り出す1連の流れは名シーン。伝記映画でありながら、ボブ・ディランはどういう人なのかは一言で形容し難く曖昧にしてある対象との距離感も優れていると思う。色気のある夜の街の切り取り方も良かった。
例えば、1965年のパートに移行する前のフェスティバルにおける演奏するディランとそれを見つめるシルヴィの表情だけでその後の関係性の変化を直接的に描かず暗示したり、省略がとにかく効いてる。またスタジオでレコーディング中に邪魔者扱いされていたアル・クーパーがオルガンを弾き始め、それを見たディランがニヤリと笑うと次のカットでもう2人で衣装を選ぶカットに移ったり、初めてスタジオで録音する場面でも途中で教会で歌う場面に切り替わったりと最後のライブはじっくりと見せる訳だが、それまでのライブシーンやレコーディングのシーンはぶつ切りのように場面の途中でカットが切り替わるのが全体のリズミカルなテンポを生み出す。カフェで弾き語りを終えたディランとジョーンがキスをするまでの1連の流れを全く台詞を使わずに見せてしまうのも凄い演出で、徹底的にステージ上で歌うディランとそれを見つめるジョーンの表情に語らせる。また台詞ではなくディランがシルヴィにタバコを渡すというアクションで語らせたり、ピート・シーガーとの別れを湿っぽくさせずにバイクで走り去っていくディランの姿を見つめるシーガーの表情に語らせる演出など、言い出したらきりが無いぐらい、映画的な快楽が詰まった傑作だと思う。